『資金繰り表作成&活用マニュアル』

「借金は早く返したほうがいいから、なるべく長期で借りてコツコツ返済しよう」

もしあなたが経営者としてそう考えているなら、少し危険かもしれません。

一般的に、長期借入金と短期借入金の違いは「返済期限が1年を超えるか否か(ワン・イヤー・ルール)」と解説されます。
しかし、私たち財務コンサルタントの現場視点では、この2つは「そもそも役割が全く異なる金融商品」です。

この役割を履き違え、本来「短期」で借りるべき資金を「長期」で借りてしまった結果、黒字なのに資金繰りが回らなくなるケースを数多く見てきました。

本記事では、教科書的な定義の違いだけでなく、会社の資金ショートを防ぎ、銀行からの評価を高めるための「借入金の使い分け」について、実務経験に基づき解説します。


1分でわかる「長期借入金」と「短期借入金」の決定的な違い【比較表】

まず、銀行融資における基本的な区分の違いを押さえましょう。

最大の違いは、期間もさることながら「資金使途(何に使う金か)」「返済原資(何で返すか)」にあります。

項目短期借入金(短期融資)長期借入金(長期融資)
返済期間1年以内1年以上
主な資金使途運転資金(仕入・経費支払など)設備資金(工場・機会・車両など)
融資方法手形貸付、当座貸越証書貸付
元本返済期日一括(または書類継続)分割返済(毎月コツコツ)
返済の原資売掛金の回収など減価償却費を含む営業利益
会計上の区分流動負債固定負債

※表は財務実務データに基づき作成

多くの経営者が誤解している「運転資金」の正体

表の中で最も重要なのは「主な資金使途」の違いです。

  • 長期借入金は、設備投資など将来の利益を生むための投資であり、利益(キャッシュフロー)から時間をかけて返済する「要償還債務」です。
  • 短期借入金は、仕入れから販売代金回収までの「時間のズレ」を埋めるためのつなぎ資金であり、会社が存続する限り常に必要となる「経常運転資金」です。

この「常に必要な資金」を「毎月返済する長期借入」で賄おうとすると、経営の歯車が狂い始めます。


【現場の警告】長期借入金への一本化が招く「負のスパイラル」

「短期の手形貸付は面倒だし、銀行からも長期への切り替え(一本化)を提案された」というケースがあります。しかし、運転資金を安易に長期借入金に切り替えることは、資金繰り悪化の入り口になり得ます。

毎月の返済がキャッシュフローを食いつぶす

運転資金を長期借入(分割返済)で調達した場合、以下のような「負のスパイラル」に陥る事例が後を絶ちません。

  1. 長期借入で運転資金を確保:一時的にキャッシュは潤沢になる。
  2. 毎月の約定返済が開始:利益が出ていなくても元本返済によりキャッシュが減る。
  3. 資金不足の再発:返済が進んだ分、手元資金が薄くなり、運転資金が不足する。
  4. 折り返し融資の常態化:「返した分をまた借りる(折り返し)」を繰り返さないと回らなくなる。

2000年代初頭の金融検査マニュアルの影響で、銀行側が短期融資(手形貸付の書替)を「不良債権予備軍」と見なし、長期への切り替えを進めた歴史があります。しかし現在は金融庁の見解も変わり、「正常な運転資金は短期継続融資で支えるべき」という考え方が主流に戻りつつあります。


プロが推奨する「短期継続融資」の活用法

財務戦略として目指すべきは、「短期継続融資」の活用です。

短期継続融資とは?

「1年後に一括返済」という約束で手形貸付を受けますが、1年後の期日が来た際に返済せず、「同じ金額で借り直す(書き替える)」方法です。通称「短コロ」「コロガシ」とも呼ばれます。

  • メリット: 元本の返済がないため、資金が社内に留保され、資金繰りが圧倒的に楽になります。
  • 金融庁のお墨付き: 現在は、企業の経常運転資金ニーズに合致した融資手法として、金融当局もこれを推奨しています。

「ずっと借金が残るのは気持ち悪い」と感じる経営者様もいらっしゃいますが、事業を継続する限り在庫や売掛金が存在するように、それに見合う借入金が存在するのは財務的に健全な状態なのです。


自社の目安を知る!経常運転資金の計算式

では、いくらまでなら「短期」で借りて良いのでしょうか?

その目安となるのが「経常運転資金(要立替資金)」の計算です。

基本の計算式

経常運転資金 = 売上債権(受取手形+売掛金)+ 棚卸資産 - 仕入債務(支払手形+買掛金)

この計算式で算出された金額は、企業が商売を続ける上で「常に立て替えておかなければならないお金」です。この金額の範囲内であれば、短期借入金(ずっと借りっぱなしの融資)で賄うのが、財務のセオリー(黄金比率)です。

【プロの注意点】決算書の数字を鵜呑みにしてはいけない

ここで私がコンサルティングに入る際、必ずチェックするポイントがあります。それは決算書の数字と「実態」のズレです。

  • 売掛金: 回収見込みのない「不良債権」や「架空売上」が含まれていませんか?
  • 在庫: もう売れない「不良在庫」が資産計上されていませんか?

これらを差し引いた「実態バランスシート」で計算しないと、過剰な借入や資金不足の原因になります。ある企業の事例では、帳簿上の運転資金は1億7,500万円ありましたが、不良資産を整理した実態の運転資金は8,500万円しかなく、銀行の見方と大きなギャップが生じていたケースもあります。


業況別・銀行交渉のポイント

短期継続融資と長期融資(証書貸付)のバランスをどう取るかは、会社の業況によって異なります。以下に典型的なパターンを紹介します。

ケース1:業績順調(黒字)の場合

短期継続融資で運転資金を回しつつ、利益の蓄積(内部留保)で少しずつ短期借入の枠を減らす(内入れする)ことも可能です。銀行交渉はスムーズで、「あえて借りておく」か「返してしまうか」の主導権を企業側が持ちやすくなります。

ケース2:利益トントン(収支均衡)の場合

短期継続融資を減らすことは困難です。無理に長期借入に切り替えて分割返済を始めると、前述の「負のスパイラル」に陥ります。銀行には「経常運転資金として不可欠である」ことを説明し、短期継続融資の枠(極度額)を維持してもらう交渉が必要です。

ケース3:赤字続きの場合

最も警戒すべき局面です。銀行はリスクを減らすため、「短期の手形貸付を止めて、長期の証書貸付で毎月返済させて終わらせたい」と考える傾向があります。

ここで安易に応じると、折り返し融資も受けられず、資金繰りが完全に詰まって倒産に至るリスクがあります。

このフェーズでは、「経営改善計画書」を作成し、赤字の原因が一時的なものか構造的なものかを明確にした上で、返済猶予(リスケジュール)を含めた高度な交渉が必要になります。


よくある質問(FAQ)

Q. 季節によって資金需要が大きく変わる場合はどうすれば?

A. 「経常運転資金」と「季節資金」は分けて考えましょう。

例えば、夏場にだけ在庫が増えるような業種の場合、ベース部分は「経常運転資金(短期継続融資)」で賄い、ピーク時の増加分だけを「季節資金」として、数ヶ月で完済する期日指定の短期手形貸付で調達するのが理想的です。

Q. 銀行から「長期一本化」を提案されました。断ってもいいですか?

A. 断るというよりは、「なぜ短期が必要か」を論理的に説明すべきです。

「当社の経常運転資金は〇〇万円であり、これを長期の分割返済にするとキャッシュフローが毎月〇〇万円不足します」と、具体的な数字(資金繰り表)を見せて説明すれば、銀行側も無理な提案はできません。

Q. 創業融資は長期と短期、どちらが良いですか?

A. 創業時は実績がないため、短期継続融資の審査はハードルが高いのが現実です。まずは「創業融資(長期・分割返済)」を利用し、実績を作ってから、数年後に短期融資の枠を作っていくのが一般的なステップです。


まとめ:自社のキャッシュフローに最適な「借入ミックス」を

長期借入金と短期借入金は、どちらが優れているというものではありません。重要なのは、「資金の使い道(運転資金か設備資金か)」に合わせて正しく使い分けることです。

  • 設備投資や赤字補填 → 長期借入金(利益で時間をかけて返す)
  • 経常的な運転資金 → 短期借入金(事業を続ける限り回し続ける)

この「黄金比率」が崩れていると感じたら、一度、財務の専門家にご相談ください。銀行への説明資料の作成や、実態バランスシートの分析を通じて、資金繰りの悩みを解決する糸口が見つかるはずです。