『資金繰り表作成&活用マニュアル』

「経理部は伏魔殿」……ある調査でそう揶揄されたことをご存知でしょうか 。
※伏魔殿(ふくまでん):悪人や悪事、陰謀がはびこる場所、悪党の本拠地を指す言葉

利益を直接生み出さない経理部門は、経営者にとっても「コストセンター」と見られがちです。
しかし、数億円規模の横領事件が大手企業で頻発している事実 や、融資審査での試算表の重要性を考えれば、経理体制の構築こそが企業の生存率を分ける「生命線」であることは明白です。

本記事では、長年多くの中小企業の財務・資金繰りを支援してきた経験に基づき、会社の成長フェーズに合わせた「経理体制の構築ロードマップ」と、誰でも実践可能な「翌月15日までに試算表を完成させる実務フロー」を解説します。


なぜ今、「強い経理体制」の構築が経営の生命線なのか

多くの経営者は「税務署への申告」のために経理を行っています。
しかし、それは経理機能のほんの一部に過ぎません。強い経理体制が必要な理由は、大きく分けて「守り」と「攻め」の2点にあります。

1.【守り】黒字倒産と不正(横領)を防ぐ

経理体制が未熟な企業では、内部統制が機能せず、横領のリスクが高まります。

過去には、ある保険サービス会社で8億円 、運送会社で11億円 という巨額の横領事件が発生しました。これらは決して対岸の火事ではありません。

「社長が経理を重要視していない」会社ほど、チェック機能が働かず、発見が遅れる傾向にあります 。 毎月きちんと数字を確認できる体制があれば、不正は早期に発見、あるいは未然に防ぐことが可能です。

2.【攻め】銀行評価を上げ、資金調達を有利にする

金融機関は「適時適切な情報開示」ができる企業を高く評価します 。

融資の審査において、直近の試算表が即座に出てくる会社と、2ヶ月前の数字すら出てこない会社では、信用力に天と地ほどの差がつきます。商売は代金回収までがセットです 。

資金繰りを正確に把握し、経営判断に資する資料を作成することこそが、本来の経理の役割です 。


【診断】あなたの会社はどのフェーズ?経理体制ロードマップ

経理体制は、会社の規模(売上・従業員数)によって最適な形が異なります。無理に大企業の真似をする必要はありません。以下の3フェーズで考えましょう。

Phase1:創業〜売上1億円「クラウド武装で自計化」

  • 体制: 社長 + クラウド会計ソフト(+記帳指導の税理士)
  • ポイント: 税理士に丸投げせず、自社で入力する「自計化」を目指します 。
  • ツール: 『freee』や『マネーフォワード』などのクラウド会計を推奨します。これらは銀行口座やクレジットカード(約140社以上)と自動連携でき 、簿記の知識が浅くても入力が可能です。

Phase2:売上1億〜10億円「脱・属人化と月次決算の早期化」

  • 体制: 専任経理担当者 + 顧問税理士
  • ポイント: ここが正念場です。特定の担当者しかわからない「ブラックボックス化」を防ぐため、業務フローを標準化します。また、試算表を翌月15日までに完成させるルールを徹底します(後述)。

Phase3:売上10億円〜IPO準備「内部統制とCFOの設置」

  • 体制: 管理部長(CFO) + 経理スタッフ + 監査対応
  • ポイント: 権限の分離(申請者と承認者を分ける)を行い、製造原価報告書の精緻化など、高度な会計処理に対応します 。

「翌月15日」に試算表を完成させる具体的スケジュール

「試算表ができるのが翌月末になる」という相談をよく受けますが、それでは経営判断が遅れてしまいます。私が支援先で導入している、翌月15日までに試算表を完成させるための標準スケジュールを公開します 。

月末までの事前準備

  • 全口座の通帳記帳: ネットバンキングであればCSVデータの取得準備。
  • 現金出納帳の締め切り: 小口現金の残高確認 。

翌月1日〜3日:初期処理

  • 銀行データ等の取込: クラウド会計の自動連携機能を活用し、明細を取り込みます。
  • 請求書の回収: 取引先からの請求書はこの期間にすべて集めます。

翌月4日〜6日:請求・給与・入力

  • 自社請求書の発行・入力: 売上を確定させます。
  • 給与計算のまとめ: 人件費を確定させます 。

翌月10日まで:支払・仕訳の完了

  • 請求書締切(到着ベース): 未着の請求書があれば督促し、買掛金を確定させます 。
  • 不明金・仮払金の精算: 使途不明金をゼロにします。

翌月15日まで:最終確認と報告

  • 試算表の完成・最終チェック: 異常値がないか確認し、社長へ報告します 。

このサイクルを回すコツは、完璧を目指しすぎないことです。「1円のズレ」を探すのに3日かけるより、経営判断に必要な「概算の正確さ」と「スピード」を優先しましょう。


良い税理士・悪い税理士の見極め方とコスト感

経理体制の構築において、外部パートナーである税理士(会計事務所)の選定は重要です。しかし、単に「安いから」という理由で選ぶのは危険です。

顧問料の相場と実態

日本税理士連合会のデータ等を見ると、法人の顧問料は月額1〜3万円が約50%を占めています 。記帳代行まで依頼すると、さらに月額1〜5万円(1仕訳50〜100円目安)が加算されます 。
しかし、毎月税務相談することがない場合、その顧問料は何の対価でしょうか? 。
ただの記帳チェック代になっているなら、自社でソフトに入力(自計化)し、その分を「経営判断のアドバイス」や「資金繰り相談」の費用に充てるべきです 。

ダメな税理士のチェックリスト

以下のような特徴がある場合、経理体制の強化は望めません。変更を検討すべきでしょう。

  • 試算表の説明が「専門用語」ばかり。
  • うまくコミュニケーションが取れない。
  • 毎月の訪問がない、または担当者がコロコロ変わる 。
  • 節税ばかり気にかけ、キャッシュフロー(資金繰り)の視点がない 。
  • 「忙しい」が口癖(※特に個人の確定申告時期である2〜3月に連絡がつかなくなる事務所は、法人決算期をずらすなどの対策が必要です) 。

【実録】経理体制の不備が招いた失敗と、再構築による成功事例

※守秘義務の観点から、一部の内容を加工しています。

ケースA:ブラックボックス化の末路(卸売業・年商5億)

創業以来、経理を一人のベテラン社員に任せきりにしていたA社。
「社長、経理は私に任せて、営業に専念してください」という言葉を信じていました。しかし、税務調査 が入った際、不明瞭な支出が多数発覚。実は、長年にわたり架空の経費精算が行われていました。

【教訓】 「任せる」と「丸投げ」は違います。社長が定期的に通帳や試算表をチェックする体制(牽制機能)が不可欠でした 。

ケースB:クラウド導入でV字回復(サービス業・年商3億)

B社は、紙の領収書とエクセルで経理を行っており、試算表が出るのは常に2ヶ月後。銀行からの融資も「現状が見えない」と断られていました。
そこで、私が介入し「クラウド会計」を導入。銀行口座とクレジットカードを全連携させ、手入力を9割削減しました。結果、翌月10日には試算表が出るようになり、銀行からの信用が回復。無事に運転資金の融資実行に至りました。

【教訓】 経理のスピードは、そのまま会社の信用力(資金調達力)に直結します。


まとめ:強い経理体制が、強い会社を作る

経理体制の構築は、単なる「事務作業のルール作り」ではありません。商流、物流、情報の流れを整理し、経営者が正しい意思決定を行うための仕組みを作ることです 。

  1. 自社のフェーズに合ったツール(クラウド会計等)を選ぶ
  2. 翌月15日までに数字を固めるスケジュールを徹底する
  3. 税理士を「記帳代行屋」ではなく「経営のパートナー」として活用する

この3つを実践することで、御社の経理部は「コストセンター」から、利益を生み出す「経営の要」へと生まれ変わります。まずは、現在の顧問税理士との関わり方や、試算表の作成スピードを見直すところから始めてみてはいかがでしょうか。