『資金繰り表作成&活用マニュアル』

「月末の支払いが重なり、一時的にキャッシュが足りない」

「大型受注が入ったが、入金までの仕入れ資金が必要だ」

経営者であれば、こうした資金繰りの悩みは尽きないものです。
そんな時、審査なしでATMから引き出すように資金調達できる「当座貸越(とうざかしこし)」は、まさに企業の命綱とも言える資金調達方法です。

しかし、この当座貸越、銀行にとっては「管理が難しく、リスクが高い融資」であるため、簡単に契約できるものではありません。
教科書的な知識だけで銀行に申し込んでも、「今回は手形貸付(短期借入)で…」と断られてしまうのがオチです。

本記事では、当座貸越の基本的な仕組みやメリット・デメリットはもちろん、現場で数多くの融資交渉を支援してきた財務コンサルタントの視点から、銀行員が審査で見ているポイントや、契約を勝ち取るための実務的な交渉術まで踏み込んで解説します。


1.「当座貸越」の仕組み

当座貸越とは、あらかじめ銀行と契約した「借入限度額(極度額)」の範囲内であれば、いつでも自由に借り入れや返済ができる融資形態のことです。
実務の現場では「当貸(とうがし)」などと略して呼ばれます。

「限度額」と「自動借入」が最大の特徴

通常の融資(証書貸付)では、借りるたびに契約書を結び、印紙代を払い、審査を待つ必要があります。一方、当座貸越は一度契約してしまえば、以下の特徴があります。

  • 審査不要: 限度額内なら、申し込み手続きなしで即座に資金化可能。
  • 自動融資: 当座預金の残高が不足して手形や小切手の引き落としがあった場合、自動的に不足分が貸し越され(借金となり)、不渡りを防ぎます。
  • 自由返済: 売掛金が入金されて口座残高が増えれば、自動的に返済に充当されます。

「一般当座貸越」と「専用当座貸越」の違い

実務上、大きく分けて2つのタイプがあります。

種類特徴向いている企業
一般当座貸越普段使っている当座預金口座に貸越機能がついたもの。残高マイナス=借入となる。日々の資金繰りが細かく変動する企業
専用当座貸越融資専用の口座(貸越勘定)を作るタイプ。カードローンや手形貸付に近い運用。運転資金としてまとまった額を管理したい企業

プロの視点:
銀行交渉の入り口として狙い目なのは「専用当座貸越」です。
一般当座貸越は管理が曖昧になりやすいため銀行が嫌がりますが、専用口座であれば資金使途が見えやすいため、交渉のハードルが一段下がります。

他の融資形態との比較(手形貸付・コミットメントライン)

よく比較される融資形態との違いを整理しました。

項目当座貸越手形貸付コミットメントライン
借入期間1年ごとの更新が一般的3か月~1年
(期日一括返済)
1年(契約期間)
コスト利息のみ利息+印紙代利息+手数料
審査初回のみ
(更新時は再審査)
借入の都度必要初回のみ
難易度高い非常に高い

2.経営者が知っておくべきメリット・デメリット

「便利だから」という理由だけで導入するのは危険です。財務戦略としてのメリット・デメリットを理解しておいてください。

メリット:資金繰りの機動力とコスト削減

最大のメリットは、「必要な時に、必要な分だけ借りられる」点です。

例えば、1,000万円借りて口座に置いておくと、使っていない期間も金利がかかります。しかし当座貸越なら、支払いに必要な3日間だけ借りて、入金があり次第すぐに返すことで、支払利息を最小限に抑えられます。

デメリット:高めの金利と「枠縮小」のリスク

  • 金利設定: 銀行側のリスクが高いため、証書貸付や手形貸付に比べて金利は高めに設定される傾向があります。
  • 依存リスク: 「いつでも借りられる」という安心感から、本来減らすべき経費を削減せず、ダラダラと借入残高が張り付いてしまう(=固定化する)ケースが散見されます。

【重要】銀行都合の「貸し剥がし」に注意

業績が悪化した際、銀行は真っ先に当座貸越の「枠」を減らそうとします。「次回の更新で枠を5,000万から3,000万に減額します」と通告された場合、差額の2,000万円を即座に返済しなければなりません。このリスクヘッジとして、当座貸越だけに依存せず、長期借入(証書貸付)も組み合わせておくことが重要です。


3.なぜ当座貸越の審査は厳しいのか?銀行の本音

ここからは、私が多くの企業の融資支援を行う中で見てきた「銀行のリアル」をお話しします。

銀行員は「資金使途不明」を嫌う

銀行の融資審査の基本は「何に使い、いつ、どうやって返すか」です。
しかし当座貸越は、一度枠を渡してしまうと、社長がそれを何に使っているか(運転資金なのか、赤字補填なのか、あるいは個人的な流用なのか)を銀行側がリアルタイムで追えません。

さらに、返済期限が決まっていないため、銀行員にとっては「貸した金がいつ帰ってくるかわからない、非常に怖い融資」なのです。

審査をクリアするための「3つの条件」

私たちが支援に入る際、以下の3点が揃っているかを確認します。

  1. 黒字決算と安定したキャッシュフロー:赤字補填のための借入ではないことの証明です。
  2. 担保の有無(特に定期預金)
    信用力が足りない段階では、同額程度の定期預金を担保に入れることで枠を作れる場合があります。「自分のお金を預けて借りるなんて意味がない」と思われるかもしれませんが、「当座貸越の取引実績」を作ることに大きな意味があります。
  3. 長期的な信頼関係
    飛び込みで「当座貸越をください」と言ってもまず通りません。手形貸付や証書貸付で「借りては返す」を繰り返し、約束を守れる会社であることを証明する期間が必要です。

【事例】A社(製造業・年商5億)の当座貸越獲得エピソード

※守秘義務のため一部改変しています。

A社は業績好調でしたが、輸入資材の高騰で突発的な資金需要が増えていました。社長はメインバンクに当座貸越を打診しましたが、回答は「NO」。理由は「借入過多の懸念」でした。

そこで私たちは、以下のような提案資料を銀行向けに作成しました。

  • 資金繰り予定表:
    向こう1年間の入出金ズレを可視化し、必要なのは「赤字補填」ではなく「つなぎ資金」であることを証明。
  • 在庫回転率の改善計画:
    借りた資金で仕入れを行い、どれだけの期間で現金化されるかのロジックを提示。
  • 段階的な枠設定:
    いきなり5,000万円ではなく、「まずは2,000万円、半年間の実績を見て増額」という譲歩案。

結果、銀行側も稟議書が書きやすくなり、無事に枠を獲得。現在ではA社の成長スピードを支える重要なエンジンとなっています。


4.経理・財務担当者向け:仕訳と決算書対策

当座貸越を利用する際、経理処理の方法ひとつで銀行からの評価が変わることがあります。

「一勘定制」と「二勘定制」どちらを採用すべき?

結論から言えば、「二勘定制」を強く推奨します。

  • 一勘定制:
    借入も預金もすべて「当座預金」勘定で処理。残高がマイナス表示になる。
    • デメリット: 決算書上で「預金マイナス」という異常な表示になり、資産と負債の実態が見えにくい。
  • 二勘定制:
    預金残高プラスなら「当座預金」、マイナス分は「当座借越(または短期借入金)」として処理。
    • メリット: 資産(現預金)と負債(借入金)が明確に分かれるため、財務分析がしやすく、銀行に対する報告もスムーズです。

決算書(B/S)での見せ方

決算期末に当座貸越の残高が残っていると、貸借対照表の「流動負債」が増加し、流動比率(短期的な支払い能力を示す指標)が悪化して見えます。

可能であれば、決算日直前に売掛金回収などで一時的に返済し、貸越残高をゼロ(または最小限)にして決算を迎えるのが、銀行格付けを良くするテクニックの一つです。


5.よくある質問(FAQ)

Q1. 赤字決算でも当座貸越契約は結べますか?

原則として難しいのが実情です。当座貸越は信用供与の最高ランクに近い取引だからです。ただし、一過性の赤字で翌期のV字回復が明確な場合や、不動産担保に余裕がある場合は交渉の余地があります。まずは手形貸付で実績を積むことをお勧めします。

Q2. 「コミットメントライン」とは何が違うのですか?

コミットメントラインは、銀行が「法的に融資枠を保証する」契約です。銀行には融資義務が発生するため、企業側は枠を使っていなくても「手数料(コミットメントフィー)」を払う必要があります。一方、当座貸越は一般的に手数料はかかりませんが、銀行側の事情で枠を止められる可能性が(法的には)ゼロではありません。

Q3. 個人事業主でも利用できますか?

銀行の当座貸越は、基本的に法人が対象です。個人事業主向けのカードローン等はありますが、金利や条件が大きく異なります。


まとめ:当座貸越は「守り」と「攻め」の要

当座貸越は、単なる借金ではありません。

不測の事態に備える「守り」であり、チャンスを逃さず投資するための「攻め」でもあります。

銀行から当座貸越の枠を提示されるということは、御社が「信用に足る企業」として認められた証でもあります。

しかし、その枠を獲得・維持するためには、
・緻密な資金繰り計画
・銀行員を納得させる材料(エビデンス)

が必要です。

もし、
「銀行に断られたが理由が納得できない」
「自社の決算書でどう交渉すれば枠が取れるか知りたい」とお考えであれば、一度専門家の視点を入れてみることをお勧めします。

単なる数字の整理だけでなく、銀行員が「貸したくなる」ストーリー作りをご支援します。