
【監修者プロフィール】
合同会社スタイルマネジメント 佐藤恵介
経済産業省 認定経営革新等支援機関
『資金繰り表作成&活用マニュアル』マネジメント社 2025年11月 共同著者
資金繰り改善、銀行対応(資金調達)、経営計画書作成、売上・利益改善などと支援する財務コンサルタント

『資金繰り表作成&活用マニュアル』
2025年11月 マネジメント社より共同出版
Amazonにて発売中
「広告代理店は『もっと予算を投下すれば売上が伸びる』と言うが、
経理担当は『これ以上販管費が増えると利益を圧迫する』と難色を示す。
社長として、どちらを信じるべきか……」
私の元へ資金繰りや財務改善の相談に来られる経営者の方々から、このような悩みを頻繁に伺います。
結論から申し上げると、
広告費は会計上は「経費」ですが、経営戦略上は間違いなく「投資」です。
ただし、それは「リターン(回収)の道筋」が財務的に設計されている場合に限ります。
本記事では、長年多くの中小企業の財務・資金繰りを支援してきた経験に基づき、一般的なマーケティング論とは一線を画す「経営数字に基づいた広告予算の決め方」について解説します。
特に年商1億円から10億円規模へスケールしようとしている企業の経営者様にとって、判断の軸となる指針をお示しできればと思います。
1.「広告宣伝費率の平均」という罠
まず、よくある誤解を解いておきましょう。「同業他社は売上の何%を広告費に使っているのか?」という問いです。
一般的に、BtoB企業であれば売上の1〜3%、BtoC(特に通販・EC)であれば20%前後が目安と言われることが多いですが、この「平均値」を御社の予算策定の根拠にしてはいけません。
なぜなら、年商1億円の企業と年商10億円の企業では、「攻めるべきフェーズ」が全く異なるからです。
年商規模別の投資スタンスの違い
- 年商1億円前後(立ち上げ・基盤構築期)
- このフェーズでは、知名度も信用もまだこれからです。「利益を削ってでも顧客基盤を作る」時期であり、場合によっては売上の30%以上を広告費に投下し、赤字先行でシェアを取りに行く判断も財務戦略として「あり」です(もちろん、手元の現預金残高との相談になります)。
- 年商3億〜5億円(成長・組織化期)
- リピーターが付き始め、組織の拡大にコストがかかる時期です。広告費率は少し落ち着きますが、ここで守りに入ると「年商5億の壁」にぶつかります。効率化(CPAの低減)を意識しつつ、アクセルを踏み続けるバランス感覚が問われます。
- 年商10億円〜(安定・多角化期)
- ブランド認知が進み、指名検索や紹介が増えるため、広告費率は自然と下がります(売上の5〜10%程度)。ここで浮いた予算を、新規事業やR&D(研究開発)へ回すのが健全な財務体質です。
「業界平均が3%だから、ウチも3%に抑えよう」という思考停止は、成長の芽を自ら摘んでしまうことになりかねません。
2. 財務視点で算出する「勝てる予算」のロジック
では、具体的にいくら使うべきか。私は顧問先に対し、「LTV(顧客生涯価値)」と「キャッシュフロー」の2軸から予算を逆算することを推奨しています。
① LTVから「限界CPA」を割り出す
例えば、あるBtoBサービス(月額5万円)を提供しているとします。平均して2年間契約が続くとすれば、1顧客あたりの売上(LTV)は120万円です。
ここで重要なのは、「粗利ベースでのLTV」です。
原価率が20%なら、粗利LTVは96万円。 ここから、営業マンの人件費や管理費を引いた上で、「いくらまでなら新規獲得に払っても、将来的に黒字になるか」という分岐点が「限界CPA」です。
多くの企業が、目先の「初月売上」だけで広告費対効果を見てしまっています。「30万円の広告費で5万円の契約が取れた(初月だけ見れば赤字)」としても、2年で120万円になるなら、それは素晴らしい投資です。
② キャッシュフローによる「投資上限」の設定
しかし、LTVが高くても、回収に2年かかるのであれば、その間の資金繰りが持ちません。ここで財務コンサルタントとしての視点が入ります。
「広告費を支払うタイミング(キャッシュアウト)」と「売上が入金されるタイミング(キャッシュイン)」のズレ(CCC:キャッシュ・コンバージョン・サイクル)を計算に入れてください。
- 手元の現預金月商倍率は十分か?
- 広告費を倍増させたとき、3ヶ月後の資金ショートの可能性はないか?
「理論上は儲かるはずなのに、広告を踏みすぎて黒字倒産」というのは、成長企業で実際に起こり得るシナリオです。私たちは、この**「踏めるアクセルの限界値」**を資金繰り表から算出し、安全な範囲での最大予算を提示しています。
3.【事例】広告費を「コスト」から「投資」へ変えたA社の決断
守秘義務があるため詳細は伏せますが、私が支援したある企業(年商3億円規模の製造小売業)の事例をご紹介します。
課題: A社は長年、業界紙への純広告や展示会といった「見えない広告費」に年間1,000万円ほど使っていました。「付き合いもあるし、やめられない」という、いわゆる経費的な支出です。しかし、売上は横ばいが続いていました。
財務的アプローチ: まず、効果の不明瞭な「付き合い広告」をすべてリストアップし、勇気を持って撤退を検討しました。 浮いた予算と、さらに財務調整で捻出した追加予算を合わせ、「計測可能なWebマーケティング(リスティング広告+コンテンツ制作)」へ一気にシフトしました。
結果: 当初、販管費における広告費の割合は一時的に上昇しました。経理担当からは懸念の声も上がりました。しかし、Web経由で「確度の高いリード(見込み客)」が継続的に入る仕組みができたことで、営業効率が劇的に改善。 1年後、売上は1.4倍に伸長し、結果として売上に対する広告費率は以前よりも下がりました。
社長はこう仰いました。 「以前の広告費は、安心を買うための『浪費』だった。今の広告費は、売上を買うための『仕入れ(原価)』のような感覚だ」
これこそが、広告費を「投資」に変えるということです。
会社が使う経費=販管費を、
・投資(売上や利益を上げるために使うもの)
・消費(会社を運営していくために使うもの)
・浪費(無駄なもの)
に分けて、
浪費を無くして、投資に回すのです。
その際、投資にあたる経費を「戦略経費」と言ったりもします。
4.社長がチェックすべきKPIは「ROAS」だけではない
現場のマーケティング担当者は「CPA(獲得単価)」や「ROAS(広告費用対効果)」を報告してくるでしょう。もちろん重要ですが、経営者が見るべきはもう一つ奥の指標です。
- ユニットエコノミクス(顧客1人あたりの採算性)
- LTV > CPA × 3 となっているか?(一般的に健全とされる目安)
- 投資回収期間(Payback Period)
- 投じた広告費を何ヶ月で回収できるか?(中小企業なら6〜12ヶ月以内が安全圏)
もしCPAが高騰していても、LTVが向上している(アップセルやクロスセルが成功している)なら、予算を絞る必要はありません。逆に、CPAが安くても、すぐに解約されてLTVが低ければ、その広告は止めるべきです。
5.結論:攻めの財務戦略としての広告予算
広告費やマーケティング予算を決める際、単に「昨対比で」や「業界平均で」決めるのは、思考停止と言わざるを得ません。
- 自社の現在のフェーズ(立ち上げ・成長・安定)を見極める。
- LTVに基づいた「出せる上限(限界CPA)」を把握する。
- 資金繰りが許容できる範囲(キャッシュフロー)を確認する。
この3ステップを踏めば、自信を持って「この予算で行こう」と決断できるはずです。
もし、「自社の適正予算が計算できない」「投資したいが資金繰りが不安だ」という場合は、ぜひ一度、財務の専門家にご相談ください。数字を整理するだけで、眠っていた「攻めの余力」が見つかることは多々あります。
適切なマーケティング投資は、御社の技術やサービスを、それを必要としている顧客へ届けるための架け橋です。それは決して「無駄な経費」ではありません。未来の売上を作るための、尊い「投資」なのです。