「いざという時のために在庫は多い方が安心」と思っていませんか?
実はその「安心」が、知らず知らずのうちに会社の利益を蝕んでいるかもしれません。資金繰り改善コンサルタントとして多くの企業の資金繰りを見てきた経験から断言できるのは、過剰な在庫は経営を圧迫する静かな時限爆弾だということです。

本記事では、在庫を増やしすぎることの7つの深刻なデメリットと、明日から実践できる具体的な解決策を、経営と税務の専門家が徹底解説します。

なぜ危険?過剰在庫が引き起こす7つの経営リスク

会計上、在庫は「棚卸資産」として貸借対照表(B/S)に計上されます。しかし、それはあくまで「販売されることで現金に変わる見込みのある資産」に過ぎません。売れなければ、その価値はただの数字となり、むしろ様々なリスクを発生させる、ある意味「負債」へと姿を変えます。

まずは、過剰在庫が引き起こす7つの経営リスクの全体像を把握しましょう。

  1. キャッシュフローの悪化: 黒字倒産の引き金に
  2. 保管コストの増大: 見えない固定費(保管コスト)が利益を圧迫
  3. 品質劣化・陳腐化: 商品の価値がゼロになる恐怖
  4. 管理コスト・工数の増加: 人手が取られ本業に集中できない
  5. 評価損の計上と税金の負担: 資産なのに納税義務が発生
  6. 運転資金の固定化による機会損失: 成長のチャンスを逃す
  7. 物理的なスペースの圧迫と作業効率の低下: 現場の混乱と事故の元

一つずつ、具体的な事例を交えながら詳しく解説します。

1. キャッシュフローの悪化:黒字倒産の引き金に

これが最も深刻なリスクです。在庫は「寝ているお金」に他なりません。例えば、100万円分の商品を仕入れた瞬間、あなたの会社の銀行口座からは100万円の現金が消えています。この在庫が売れて初めて、そのお金が(利益を上乗せした形で)戻ってくるのです。

多くの企業、特に中小企業では、仕入れ代金の支払いが販売代金の入金(回収)よりも先に来ます。売上が増えれば増えるほど、在庫が増え、先に手元から出ていく現金は多くなり、資金繰りが厳しくなるのです。これが黒字倒産の引き金となります。

【事例】ある部品メーカーのケース
大口の受注を見込んで、ある部品の在庫を通常の3倍に増やしました。しかし、取引先の都合でその受注が3ヶ月延期に。部品の仕入れ代金の支払い(しかも通常の3倍!)は翌月に迫っており、運転資金が枯渇しかけました。帳簿上は利益が出ている「黒字」の状態でしたが、支払いができなければ倒産です。慌てて金融機関に駆け込み、なんとか短期のつなぎ融資で乗り切りましたが、一歩間違えれば「黒字倒産」でした。

このように、在庫は売上を生まない限り、ただひたすら現金を食い潰していくのです。

2. 保管コストの増大:見えない固定費が利益を圧迫

在庫が増えれば、それを保管するためのスペースが必要です。この保管コストは、あなたが思っている以上にかさんでいます。

  • 倉庫の賃料・固定資産税
  • 倉庫の光熱費、水道代
  • 在庫管理システムや設備の費用
  • 在庫保険料
  • 在庫を管理する人件費

これらのコストは、損益計算書(P/L)では「販売費及び一般管理費」として計上され、売上があってもなくても毎月発生します。

【コンサルタントの視点】
私が担当したあるECアパレル企業では、売上の約4%が、これらの在庫保管関連費用に消えていました。経営者は「倉庫代くらい」と軽く考えていましたが、人件費や光熱費まで含めて試算した結果を見て愕然とされていました。この「見えないコスト」の削減が、利益率を2ポイント改善するきっかけとなったのです。

一般的に、在庫保管費用は年間で商品原価の15〜25%にもなると言われています。1,000万円の在庫があれば、年間150万〜250万円が保管だけで消えていく計算です。

3. 品質劣化・陳腐化:商品の価値がゼロになる恐怖

在庫は時間と共にその価値が失われていきます。この価値の低下には2つの側面があります。

  • 物理的な劣化: 食品の賞味期限切れ、衣類の黄ばみや虫食い、金属部品の錆びなど。
  • 価値の陳腐化: スマートフォンの旧モデル、流行遅れのデザインの服、季節外れの商品など。

【業界別具体例】

  • アパレル業界: シーズン毎にトレンドが変わるため、売れ残った商品は翌年には価値が半減、あるいはそれ以下になります。「昨年のヒット商品の色違いだから売れるだろう」と大量に仕入れたものの、今年のトレンドとは異なり、最終的に原価の1割で在庫処分業者に引き取ってもらった、という話は後を絶ちません。
    筆者はもともとアパレル会社に8年いました。倉庫の何年前のものか分からない在庫が大量に積まれていました。それを毎月棚卸で1点1点時間をかけてPOSで拾っていったのを覚えています。
  • 食品業界: 賞味期限・消費期限は絶対です。需要予測を誤れば、大量の廃棄ロスが発生し、それはそのまま損失となります。
  • 電子機器業界: 新モデルが発表された瞬間、旧モデルの価値は大きく下落します。発売サイクルが早い製品ほど、過剰在庫のリスクは高まります。

劣化した在庫、陳腐化した在庫は、もはや「資産」ではなく「ゴミ」に等しく、さらに追加の処分費用がかかることさえあります。

4. 管理コスト・工数の増加:人手が取られ本業に集中できない

在庫が増えれば、それを管理する手間も増大します。 「どこに何がいくつあるか」を把握するための棚卸作業、商品の入出庫管理、検品、整理整頓…。これらはすべて、従業員の貴重な時間を使います。

本来であれば、売上を伸ばすための営業活動や新商品の企画開発に使うべき時間を、在庫管理に奪われてしまうのです。これは、目に見える費用ではありませんが、会社の成長を阻害する大きな要因となります。

5. 評価損の計上と税金の負担

少し専門的な話になりますが、経営者として必ず知っておくべき点です。 在庫は「棚卸資産」であるため、期末決算時には期末棚卸として計上され、会社の利益を構成します。(PLの売上原価に期末棚卸として計上され、期末棚卸が多ければ売上原価が少なくなり、売上総利益=粗利が増え、利益が増えることになります。)そして、その利益に対して法人税などが課税されます。つまり、売れていない在庫にも税金がかかるのです。

もちろん、陳腐化などで在庫の価値が著しく低下した場合は、「商品評価損」を計上して課税対象から外すことも可能です。しかし、税務上、この評価損が認められる要件は非常に厳格です。「セールしても売れないから」といった理由だけでは認められないケースが多く、安易な損金計上は税務調査で指摘されるリスクがあります。

6. 運転資金の固定化による機会損失

もし、その在庫になっている1,000万円が、現金として手元にあったらどうでしょうか? 新しい設備への投資、優秀な人材の採用、Web広告の出稿、新規事業の開発…会社の成長のためにできることはたくさんあったはずです。

在庫にお金が寝ているということは、こうした成長のチャンス(機会損失)を逃していることと同義です。変化の激しい現代において、経営の柔軟性やスピード感が失われることは、致命的なリスクになり得ます。

7. 物理的なスペースの圧迫と作業効率の低下

過剰な在庫は、倉庫や店舗の作業スペースを圧迫します。 通路に商品がはみ出し、作業動線が悪化する。必要な商品を探すのに時間がかかる。高積みされた在庫が崩れて事故につながる…。

現場の5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)が乱れ、作業効率が低下するだけでなく、従業員の安全さえも脅かす結果につながるのです。

デメリットだけじゃない!在庫を持つメリットと「適正在庫」の考え方

ここまで在庫を増やすデメリットを解説してきましたが、もちろん在庫がゼロで良いわけではありません。在庫を持つことには、以下のような重要なメリットもあります。

  • 販売機会損失の防止: 欠品による「売り逃し」を防ぐ。
  • 顧客満足度の向上: 顧客が欲しい時にすぐに商品を提供できる。
  • 生産・発注の効率化: まとめて生産・発注することでコストを削減できる。

重要なのは、これらのメリットと前述の7つのデメリットを天秤にかけ、自社にとって最もバランスの取れた在庫量、すなわち**「適正在庫」**を維持することです。

過剰在庫を減らすための具体的な4ステップ

では、どうすれば「適正在庫」を実現できるのでしょうか。資金繰りアドバイザーとして推奨している、実践的な4つのステップをご紹介します。

Step1: 現状把握 – 在庫の「見える化」から始める

まずは敵を知ることからです。「どの商品が、どこに、いくつあるのか」を正確に把握しましょう。その上で、「在庫回転率」などの簡単な指標を使って、自社の在庫が効率的に現金化されているかを分析します。滞留している(長期間売れていない)在庫をリストアップするだけでも、大きな一歩です。

Step2: 原因分析 – なぜ在庫が増えるのか?

在庫が増えるのには必ず原因があります。以下のチェックリストを参考に、自社のどこに問題があるのかを突き止めましょう。

  • 発注時、需要予測が担当者の「勘」に頼っている
  • 発注の明確なルールがなく、担当者任せになっている
  • 「欠品が怖い」という理由で、とりあえず多めに発注している
  • セール品や新商品を、計画なく過剰に仕入れてしまう
  • 部署間の情報連携(営業、仕入れ、倉庫)が取れていない 

Step3: 対策立案 – 需要予測と発注ルールの見直し

原因が特定できたら、対策を立てます。 過去の販売データを分析して需要予測の精度を上げたり、ABC分析を用いて在庫を重要度別にランク分けし、管理方法にメリハリをつけたりするのが有効です。また、「在庫が〇個になったら発注する」といった明確な発注ルールを定めることも重要です。

Step4: 仕組み化 – 在庫管理システムの活用

Excelでの管理には限界があります。入力ミスや情報のタイムラグが発生しやすいためです。 事業がある程度の規模になったら、在庫管理システムの導入を検討しましょう。リアルタイムで正確な在庫数を把握でき、人的ミスも削減できます。近年は月額数千円から利用できるクラウド型のサービスも多く、中小企業でも導入しやすくなっています。

まとめ:在庫は会社の健康状態を映す鏡

最後に、本記事の要点をまとめます。

  • 過剰在庫はキャッシュフロー悪化やコスト増など、7つの経営リスクを引き起こす。
  • 特に「黒字倒産」の引き金になり得るため、資金繰りの観点から極めて危険。
  • 在庫を持つメリットとデメリットを理解し、「適正在庫」を目指すことが重要。
  • 「見える化→原因分析→対策→仕組み化」の4ステップで在庫の最適化を進める。

在庫は、いわば会社の健康状態を映す鏡です。過剰な在庫は、人間で言えば「贅肉」のようなもの。会社の動きを鈍らせ、やがては深刻な病気を引き起こします。 この記事をきっかけに、自社の「贅肉」を見直し、筋肉質で俊敏な経営体質を目指していただければ幸いです。

よくある質問(FAQ)

Q1. 在庫を減らしすぎて欠品するのが怖いです。どうすればいいですか?

A1. 欠品リスクと過剰在庫リスクのバランスを取る「安全在庫」という考え方が重要です。過去の販売データから、需要のばらつきを考慮して最低限保持すべき在庫量を計算し、設定することをお勧めします。これにより、むやみな欠品恐怖から解放されます。

Q2. 個人事業主や小規模な店舗でも在庫管理は必要ですか?

A2. はい、事業規模にかかわらず必要です。むしろ規模が小さいからこそ、一つの在庫ミスが資金繰りに与えるインパクトは大きくなります。まずは簡単なExcelでの管理からでも始め、在庫の数を正確に把握する習慣が大切です。

Q3. 不良在庫はどのように処分すれば良いですか?

A3. 処分方法はいくつかあります。セール販売やアウトレットでの売却、専門の買取業者への依頼、最終手段としての廃棄などです。税務上、廃棄損として計上するには廃棄の事実を証明する資料が必要になる場合があるため、実行前に税理士などの専門家にご相談ください。

Q4. 在庫管理システムは高価なイメージがありますが、費用はどれくらいですか?

A4. 近年では月額数千円から利用できるクラウド型のシステムも増えています。無料トライアルを提供しているサービスも多いため、まずは自社の業務に合うか試してみるのが良いでしょう。高価なシステムを導入する前に、まずは業務プロセスを整理することが成功の鍵です。