
【監修者プロフィール】
合同会社スタイルマネジメント 佐藤恵介
経済産業省 認定経営革新等支援機関
『資金繰り表作成&活用マニュアル』マネジメント社 2025年11月 共同著者
資金繰り改善、銀行対応(資金調達)、経営計画書作成、売上・利益改善などと支援する財務コンサルタント

『資金繰り表作成&活用マニュアル』
2025年11月 マネジメント社より共同出版
Amazonにて発売中
「先月の数字がまだ出てこない。うちは儲かっているのか?」
毎月20日を過ぎて、ようやく顧問税理士から試算表が届く。しかし、その時にはもう月末の支払いや翌月の売上のことで頭がいっぱい。結局、表紙をめくるだけで引き出しにしまってしまう——。
もし、この光景に既視感があるのなら、あなたの会社は危険な状態かもしれません。
私は長年、財務コンサルタントとして数多くの中小企業を見てきましたが、「伸び悩み」や「黒字倒産」に陥る企業の共通点は、決まって試算表の完成が遅いことにあります。
逆に言えば、年商10億円の壁をスムーズに超えていく企業は、例外なく「翌月5営業日以内」最低でも「翌月20日以内」に数字を確定させています。これは経理の能力の問題ではなく、経営者の「数字に対する執着とスタンス」の問題です。
本記事では、なぜ試算表の早期化が経営の生命線なのか、そして具体的にどうやって「5営業日」を実現するのか。きれいごとではない、現場の泥臭い実務改革の手順をお伝えします。
なぜ「試算表の早期化」が経営の最優先課題なのか?
「経理なんて誰がやっても同じ」「正確なら遅くてもいい」と考えている経営者は少なくありません。しかし、年商規模が億を超え、取引件数が増えてきた段階で、その認識は命取りになります。
①「黒字倒産」の予兆を3週間早く察知する
最大のメリットは資金繰りです。 翌月末(30日後)に試算表が出たとき、「実は先月、原価率が急騰していた」「予定していた入金がズレていた」と気づいても、対策を打つ時間はゼロです。
私が担当したある製造業(年商3億円)の事例です。
原材料費の高騰が続いていた時期、試算表が2ヶ月遅れだったために値上げの判断が遅れ、半年で数千万円の現金を溶かしてしまったケースがありました。もし「翌月5日」に数字が見えていれば、翌週には見積もりの改定を指示し、傷は浅くて済んだはずです。
早期化とは、単なる事務処理のスピードアップではありません。「打つ手」を考える時間を3週間捻出することと同義なのです。
②金融機関は「数字の鮮度」で社長を格付けする
銀行交渉においても、スピードは最強の武器です。 融資の審査時、銀行員に「直近の試算表をください」と言われて、「税理士に確認します(作成中です)」と答えて2週間待たせる社長と、「これです」と翌日に提出できる社長。
どちらが「管理能力が高い」と判断されるかは明白です。 実際、私のクライアントでも、試算表の提出スピードを改善しただけで、プロパー融資の審査スピードや金利条件が好転した事例は枚挙にいとまがありません。銀行は数字そのものと同じくらい、「数字を把握している経営者かどうか」を見ています。
③「節税」か「投資」か、決算前の選択肢が増える
試算表が早い会社は、決算の着地見込みも早く立ちます。 10ヶ月目の段階で正確な利益予測ができれば、「今期は利益が出そうだから、社員に決算賞与を出そう」「来期予定していた修繕を前倒ししよう」といった戦略的な節税や投資が可能になります。 決算ギリギリになって「想定外の利益が出たので保険に入りましょう」などという、キャッシュを減らすだけの無意味な対策をする必要がなくなるのです。
試算表の早期化が「資金繰り」を劇的に改善する3つのメカニズム
「試算表が早くても、銀行残高が増えるわけじゃないだろう?」 そう思われるかもしれません。しかし、それは誤りです。試算表の早期化は、「入金を早め、出金を止め、調達を確実にする」ための最強のツールになります。その理由は以下の3点です。
①「回収漏れ」を翌月早々に叩ける(入金のサイト短縮)
試算表を作る過程では必ず「売掛金の消込(入金チェック)」を行います。 これが20日後や30日後に行われる会社では、取引先の入金忘れや振込ミスに気づくのが遅れます。「先月末の入金がありませんでした」と1ヶ月後に連絡しても、相手も資金の手当てがつかず、回収が翌々月になる……これだけで資金繰りは悪化します。
翌月5営業日に試算表(および売掛金残高一覧)が確定していれば、5日の時点で「A社の入金が確認できていません」と営業担当にアラートを出せます。即座に督促すれば、数日中に入金される可能性が高く、キャッシュフローの詰まりを未然に防げます。
②無駄な経費の「止血」が3週間早まる
例えば、ある広告施策や外注費が、想定以上のコストになっていたとします。 試算表が翌月末に出る会社は、その「無駄遣い」に気づくまでに丸々1ヶ月分のタイムラグが発生します。つまり、気づいた時にはすでに翌月分の無駄な出費も確定してしまっているのです。
早期化できていれば、5日の時点で「この経費比率は異常だ」と気づき、「今月の発注をストップせよ」と号令をかけられます。この「3週間の止血」の差が、年間で見ると数百万円、数千万円のキャッシュの差となって現れます。
③銀行融資の「着金」までのリードタイムを短縮する
資金繰りが苦しくなる最大の原因は、「銀行への相談が遅れること」です。 「来月の支払いが危ない」と気づいてから銀行に駆け込んでも、銀行は「なぜ今まで言わなかったのか(管理能力がない)」と警戒し、審査は長引きます。
試算表が毎月5日に出来上がっていれば、資金ショートの兆候もその時点で察知できます。 「3ヶ月後に資金が必要になりそうです」と、手元の資金が潤沢なうちに最新の試算表を持って相談に行ける。これができるだけで、銀行の態度は軟化し、融資実行(着金)までのスピードと確実性が段違いに向上します。 「資金繰りは、資金があるうちに手当てする」という鉄則を守るためにも、早期の試算表が不可欠なのです。
目指すべきゴールは「翌月5営業日」のタイムリーな経営
では、具体的にいつまでに作成すればよいのでしょうか。私は常に「翌月5営業日」を理想として提唱しています。
- レベル1:翌月20日〜末日(危険水域)
多くの会社がここです。税理士事務所への資料送付が遅れ、処理も後回しにされている状態。これでは「通信簿(過去の記録)」にすぎません。 - レベル2:翌月10営業日(合格ライン)
自社で会計ソフトへの入力をある程度行っている(自計化)状態。前月の振り返り会議にギリギリ間に合います。 - レベル3:翌月5営業日(理想形)
ほぼリアルタイムで経営判断ができる「コックピット経営」の状態。月次会議で前月の反省ではなく、当月の対策を議論できます。
なぜ5営業日なのか。それは、人間の記憶の限界です。
月が変わって1週間以上経つと、現場の社員は前月の行動を忘れています。「なぜこの経費が増えたのか?」と聞いても、「なんでしたっけ?」という返事しか返ってきません。記憶が鮮明なうちに数字を突きつけることに意味があるのです。
試算表が遅れる「3つの元凶」と実務的解決策
「早期化したいが、経理担当者が忙しそうで言えない」「税理士が遅い」 そう嘆く前に、ボトルネックを潰しましょう。私の経験上、遅延原因の9割は以下の3つに集約されます。ここでは、コンサルティング現場で実際に導入している解決策を紹介します。
原因1:小口現金と領収書の山
最大の敵は「現金」です。1円合わないだけで経理は何時間も残業し、金庫の中身を数え直しています。
【解決策】完全キャッシュレス化で「入力」をなくす
- 小口現金の廃止: 社内の金庫を撤廃してください。備品購入や交通費はすべて「法人カード」か「個人の立替(経費精算システムで精算)」に切り替えます。
- データ連携: クラウド会計ソフトとネットバンキング・クレジットカードを連携させれば、日付や金額の入力ミスは物理的に発生しなくなります。
ある卸売業の事例では、小口現金を廃止しただけで、経理担当者の月初の作業時間が15時間削減されました。
原因2:請求書の未着(到着待ち)
「A社の請求書が届かないと締められない」という状況です。郵便事情や相手の都合で自社の決算が遅れるなど、あってはならないことです。
【解決策】「到着基準」から「発生基準(見積計上)」へ
請求書を待つ必要はありません。「発注時」や「納品時」の金額(見積額や納品書額)で、会計ソフトに入力してしまいましょう。 「金額が違ったらどうするのか?」と心配されるかもしれませんが、数千円の誤差なら翌月調整すればいいだけです。経営判断において重要なのは、1円単位の正確性よりも「大枠の数字のスピード」です。
原因3:経理担当者の「完璧主義」
真面目な経理担当者ほど、「完璧な数字を作らなければ社長に報告できない」と思い込んでいます。不明金が1件あるだけで、全体の報告を止めてしまうのです。
【解決策】「速報版」と「確報版」に分ける 私は社長と経理担当者の間で、以下の握り(合意)をすることを推奨しています。
- 速報版(翌月5日提出): 精度は95%でOK。不明点は「仮払金」や「不明金」として計上し、とにかく締める。
- 確報版(翌月20日提出): 税理士のチェックを経た、1円単位まで正確なもの。
「間違っていてもいいから、5日に出してくれ」と社長が許可を出すだけで、心理的ハードルは劇的に下がります。
早期化を実現する5つのステップ(ロードマップ)
明日からすぐに取り組める手順を整理しました。
- 経理スケジュールの可視化
誰が、いつ、何をしているのか。特に「待ち時間」がどこにあるかを洗い出します。意外と「社長の経費精算承認」がボトルネックだったりします。 - クラウド会計システムの導入
マネーフォワードやfreeeなどのクラウド会計は必須です。銀行明細の手入力などは、今の時代ナンセンスです。 - 仕訳ルールの標準化(辞書登録)
「この経費、消耗品費だっけ?雑費だっけ?」と迷う時間をゼロにします。自動仕訳ルールを設定し、思考停止で処理できる環境を作ります。 - 月次引当・見越計上の導入(上級編)
減価償却費、賞与引当金、固定資産税などは、年に1回ではなく毎月1/12ずつ計上します。これにより、月ごとの利益の凸凹がなくなり、実態に近い数字が見えます。 - 税理士との関わり方を変える
「記帳代行(丸投げ)」から「自計化チェック(監査)」へ契約を変えてください。社内で入力し、税理士はそれが合っているかチェックする役割にシフトしなければ、5営業日作成は不可能です。
早期化の「産みの苦しみ」と失敗しないポイント
早期化プロジェクトを始めると、最初の3ヶ月は現場から悲鳴が上がります。 これまでのやり方を変えるストレスに加え、新旧システムの並行稼働が発生するからです。
ここで社長が「やっぱり大変そうだから、ゆっくりでいいよ」と言ってしまったら、すべて水の泡です。 「最初の数ヶ月は大変だが、ここを乗り越えれば楽になるし、会社の未来が変わる」と、トップが強い意志を示し続けることが成功の鍵です。
また、経理担当者だけで進めるのではなく、営業部門(請求書発行や経費精算の期限厳守)の協力も不可欠です。全社的なプロジェクトとして周知してください。
よくある質問(FAQ)
Q. 税理士に任せているので遅いのですが、どうすればいいですか?
A. 税理士事務所に「経営判断のために5日までに数字が欲しい」「そのためにはどうすればいいですか?」と相談してください。多くの場合は「自社で入力を進める(自計化)」ことを提案されるはずです。もし「それは無理」と頭ごなしに否定する税理士であれば、顧問契約の見直しも視野に入れるべき時期かもしれません。
Q. 経理担当者の負担が増えませんか?
A. 導入初期(1〜3ヶ月)は増えますが、軌道に乗れば確実に減ります。手入力や現金の照合がなくなり、付加価値の高い業務(分析や資金管理)に時間を使えるようになります。結果として、残業時間の削減や採用力向上につながります。
Q. 概算計上で、銀行に提出しても大丈夫ですか? A
. 銀行への正式提出(融資審査など)には、確定した試算表や決算書を用います。しかし、定期報告や日常のコミュニケーションレベルであれば、「これは速報値ですが」と断りを入れて提示することで、むしろ「管理意識が高い」と好印象を持たれます。
まとめ:試算表は過去の記録ではなく「未来の地図」
試算表の早期化は、経理部門だけの課題ではありません。経営管理体制そのもののアップデートです。
「売上が見えない」「資金が不安だ」 そう悩む経営者の多くは、目隠しをして高速道路を走っているようなものです。目隠しを外し、計器(試算表)をリアルタイムに見ながらハンドルを握る。それができて初めて、アクセルを思い切り踏めるようになります。
まずは経理担当者と向き合い、「今の試算表はいつできているか?」「それを5日にするには何が障壁か?」を話し合うことから始めてみてください。その一歩が、御社の成長スピードを劇的に変えるはずです。