『資金繰り表作成&活用マニュアル』

「前期より売上は2億円増えた。それなのに、なぜ手元のキャッシュがこれだけしか残っていないんだ?」

決算書を前に、このような違和感を覚えたことはありませんか?

会社全体の数字だけを見ていては、この謎は解けません。
組織が大きくなればなるほど、利益を食いつぶしている「隠れ赤字部門」や、見かけの売上は高いがキャッシュを残さない「見せかけの貢献部門」が必ず発生するからです。

これを見える化し、社員一人ひとりに経営者感覚を持たせる唯一の方法が「部門別採算(部門別損益管理)」です。

本記事では、数多くの中堅企業の財務改善・資金繰りを支援してきた私の経験に基づき、「明日から自社で導入するための具体的な手順」「現場が納得する配賦(はいふ)ルールの決め方」そして「導入時の社内軋轢の乗り越え方」まで、実務の真実をお伝えします。


1.なぜ、年商数億円を超えると「部門別採算」が不可欠なのか

創業期は、社長が全ての案件、全ての経費を把握できているため、頭の中の「ドンブリ勘定」でも経営は回ります。しかし、社員数が30名を超え、売上が数億円規模になると、社長の目は現場の隅々まで行き届かなくなります。

ここで発生するのが「利益の希釈化」です。

実際の相談事例から(製造業 K社・年商8億円)

私が担当したある製造業の事例です。K社はA製品とB製品という2つの主力ラインを持っていました。

社長は「売上規模が大きいA製品こそが我が社の屋台骨だ」と信じ、A製品の営業強化に多額のボーナスと広告費を投下していました。

しかし、私が入り、部門別採算制度を導入して蓋を開けてみると、驚くべき事実が判明しました。

  • A製品(売上大): 手間がかかる割に返品率が高く、営業経費と製造の修正コストを引くと実は赤字
  • B製品(売上小): 地味だがリピート率が高く、手間がかからないため高収益

K社は、「赤字のA製品を売れば売るほど、B製品が稼いだ利益を食いつぶす」という状態に陥っていたのです。

これはK社に限った話ではありません。私が診断する企業の約7割で、「社長の肌感覚」と「実際の部門別利益」にズレが生じています。

部門別採算とは、単なる計算手法ではありません。
「どの事業がキャッシュを生み、どの事業がキャッシュを燃やしているか」を冷徹に見極める、経営の生存戦略そのものなのです。


2.部門別採算の「肝」となる仕組み

部門別採算を導入する際、多くの企業が躓くのが「どこまで厳密にやるか」という点です。
結論から言えば、「管理会計」として割り切り、意思決定に役立つ数字を作ることが最優先です。税務署のための決算書とは別物と考えてください。

限界利益(粗利)の徹底管理

まず基本となるのは、売上から「変動費(材料費や外注費)」を引いた「限界利益」の把握です。

現場の責任者にまず意識させるべきは、この限界利益です。「売上」を追うと値引きしてでも売ろうとしますが、「限界利益」を追わせると、安易な値引きが自分の首を絞めることに気づきます。

「社内売買」という概念

部門別採算を機能させる強力なエンジンが「社内売買(社内振替価格)」です。

例えば、製造部門から営業部門へ製品を渡す際、タダで渡すのではなく「社内仕切値」で売買したことにします。

  • 製造部門の利益 = 社内売上(営業への卸値) - 製造原価
  • 営業部門の利益 = 外部売上(顧客への売値) - 社内仕入(製造からの卸値) - 販管費

こうすることで、製造部門は「原価を下げて利益を出そう」と努力し、営業部門は「高く売って利益を出そう」と努力します。互いに「あいつらのせいで儲からない」という言い訳ができなくなるのです。


3.失敗しない「共通費の配賦」ルールの決め方

部門別採算の導入で最大の難所となるのが、家賃や本社人件費などの「共通費(間接費)」をどう各部門に割り振るか、つまり「配賦(はいふ)」の問題です。

ここが曖昧だと、「なぜうちの部署が社長の役員報酬まで負担しなきゃいけないんだ!」と現場から不満が噴出します。

私がコンサルティングの現場で推奨している、「納得感があり、かつ計算が複雑になりすぎない配賦基準」のテンプレートです。

推奨する配賦基準リスト

費用の種類推奨される配賦基準理由やポイント
地代家賃・光熱費使用面積比最も公平感が高い。倉庫などのデッドスペースの削減意識も生まれる
人事・総務部費人員数人の管理コストは人数に比例するため
経理・財務部費売上高 または 仕訳件数簡便法なら売上比。厳密なら伝票枚数だが、中小企業なら売上比で十分
広告宣伝費(全社)売上高ブランド認知の恩恵は売上規模に比例するとみなす
役員報酬・交際費売上高 または 均等割現場の納得感を得にくい項目。「本社管理費」として一括計上し、配賦しないという手もある
減価償却費直課(紐づけ)可能な限り、その設備を使用している部門に直接計上する\

注意点:

最初から1円単位で完璧に配賦しようとしないでください。配賦計算が複雑になりすぎると、経理担当が疲弊し、数字が出るのが遅くなります。「翌月の会議に間に合わなければ、その数字はゴミ同然」です。精度よりもスピードを優先し、まずは「ざっくりとしたルール」で運用を開始してください。


4.導入の3ステップと「社内政治」の対処法

システムを入れる前に、まず人の意識を変える必要があります。いきなり「来月から部門ごとに赤字か黒字かはっきりさせる」と宣言すると、社員は「リストラの準備か?」「成果主義で給料を下げられるのか?」と警戒します。

以下の3ステップで、慎重かつ断固として進めてください。

Step1 : Excelでのスモールスタート(「見せる」化)

高価な管理会計システムはまだ不要です。まずは経理データからExcelで加工し、部門別のPL(損益計算書)を試作します。

この段階では、数字は経営陣だけで共有してください。衝撃的な赤字部門が見つかっても、決してその部門長を責めてはいけません。「構造上の問題」として捉えるためです。

Step2: 部門長への開示と「言い訳大会」

次に、部門長会議で数字を開示します。必ず反発が起きます。

「この配賦はおかしい」「うちは古い設備を使わされているから不利だ」

こうした不満(言い訳)を一度すべて吐き出させ、配賦ルールの微修正を行います。このプロセスを経ることで、部門長は「自分たちもルール作りに参加した」という当事者意識を持ちます。

Step 3: 評価制度への組み込み

数字の信頼性が固まったら、賞与や昇進の基準に組み込みます。

ただし、「赤字=悪」と単純化するのは危険です。

  • 黒字部門: 利益額に応じたインセンティブ
  • 赤字部門(立て直し中): 赤字幅の「縮小額」やプロセス目標の達成度で評価

このように評価軸を工夫することで、社内がギスギスするのを防ぎつつ、健全な競争意識を植え付けることができます。


5.現場を変える運用テクニック「会議が変われば会社が変わる」

部門別採算表ができたら、月次会議のやり方を180度変えてください。

【ダメな会議】

  • 社長が一方的に数字を読み上げる。
  • 「なぜ未達なんだ!」と過去を追求する。
  • 部門長が下を向いて嵐が過ぎるのを待つ。

【成果が出る会議】

  • 数字の報告は事前に済ませ、会議では**「次の一手」**しか話さない。
  • 「変動費率が2%上がった原因は何か?」「来月どうやって取り戻すか?」を部門長自身に語らせる。
  • 経理担当者が「審査員」ではなく「ナビゲーター」として、数字の根拠をサポートする。

ある商社(年商30億円)では、この会議スタイルに変えてから半年で、万年赤字だった配送部門が「配送ルートの効率化」と「積載率の向上」を自ら提案し、単月黒字化を達成しました。

「自分たちの財布」という意識が芽生えた瞬間、現場の知恵は無限に出てくるのです。


まとめ:数字は「武器」であり「共通言語」である

部門別採算を導入することは、社長が孤独に背負っていた「利益責任」という重荷を、組織全体で分かち合うことを意味します。

もちろん、導入初期は手間もかかり、社内の摩擦も起きます。しかし、それを乗り越えた先には、**「社員全員が、社長と同じ目線で数字を語り合う組織」**が待っています。これこそが、年商10億円の壁を超え、永続する企業を作るための最強の土台となるのです。

まずは、直近の試算表を引っ張り出し、「もし配賦してみたらどうなるか?」とExcelでシミュレーションすることから始めてみてください。そこには、今まで見えていなかった経営の真実が隠されているはずです。


よくある質問(FAQ)

Q. 小さな会社でも部門別採算は必要ですか?

A. 社員数が10名程度でも、事業の柱が複数ある(例:物販と修理、店舗Aと店舗Bなど)場合は導入すべきです。早いうちに「事業ごとの財布」を分ける癖をつけておくことで、拡大期の混乱を防げます。

Q. 間接部門(総務・経理など)のモチベーションはどう保てばいいですか?

A. 彼らは直接利益を生みませんが、「コスト削減」や「生産性向上(他部門のサポート)」で貢献できます。間接部門には「全社利益の達成」または「予算内でのコストコントロール実績」を評価指標に置くことで、全社視点を持たせることが重要です。

Q. 赤字部門はすぐに撤退すべきですか?

A. 数字だけで即断するのは危険です。その部門が「将来の飯の種」なのか、他部門の売上に貢献している「ドアノック商材」なのかを見極める必要があります。ただし、「撤退ライン(例:限界利益が3ヶ月連続マイナスなら撤退)」というルールを事前に決めておくことは、感情に流されない経営判断のために有効です。