
【監修者プロフィール】
合同会社スタイルマネジメント 佐藤恵介
経済産業省 認定経営革新等支援機関
『資金繰り表作成&活用マニュアル』マネジメント社 2025年11月 共同著者
資金繰り改善、銀行対応(資金調達)、経営計画書作成、売上・利益改善などと支援する財務コンサルタント

『資金繰り表作成&活用マニュアル』
2025年11月 マネジメント社より共同出版
Amazonにて発売中
「前期より売上は2億円増えた。それなのに、なぜ手元のキャッシュがこれだけしか残っていないんだ?」
決算書を前に、このような違和感を覚えたことはありませんか?
会社全体の数字だけを見ていては、この謎は解けません。
組織が大きくなればなるほど、利益を食いつぶしている「隠れ赤字部門」や、見かけの売上は高いがキャッシュを残さない「見せかけの貢献部門」が必ず発生するからです。
これを見える化し、社員一人ひとりに経営者感覚を持たせる唯一の方法が「部門別採算(部門別損益管理)」です。
本記事では、数多くの中堅企業の財務改善・資金繰りを支援してきた私の経験に基づき、「明日から自社で導入するための具体的な手順」「現場が納得する配賦(はいふ)ルールの決め方」そして「導入時の社内軋轢の乗り越え方」まで、実務の真実をお伝えします。
1.なぜ、年商数億円を超えると「部門別採算」が不可欠なのか
創業期は、社長が全ての案件、全ての経費を把握できているため、頭の中の「ドンブリ勘定」でも経営は回ります。しかし、社員数が30名を超え、売上が数億円規模になると、社長の目は現場の隅々まで行き届かなくなります。
ここで発生するのが「利益の希釈化」です。
実際の相談事例から(製造業 K社・年商8億円)
私が担当したある製造業の事例です。K社はA製品とB製品という2つの主力ラインを持っていました。
社長は「売上規模が大きいA製品こそが我が社の屋台骨だ」と信じ、A製品の営業強化に多額のボーナスと広告費を投下していました。
しかし、私が入り、部門別採算制度を導入して蓋を開けてみると、驚くべき事実が判明しました。
- A製品(売上大): 手間がかかる割に返品率が高く、営業経費と製造の修正コストを引くと実は赤字。
- B製品(売上小): 地味だがリピート率が高く、手間がかからないため高収益。
K社は、「赤字のA製品を売れば売るほど、B製品が稼いだ利益を食いつぶす」という状態に陥っていたのです。
これはK社に限った話ではありません。私が診断する企業の約7割で、「社長の肌感覚」と「実際の部門別利益」にズレが生じています。
部門別採算とは、単なる計算手法ではありません。
「どの事業がキャッシュを生み、どの事業がキャッシュを燃やしているか」を冷徹に見極める、経営の生存戦略そのものなのです。
2.部門別採算の「肝」となる仕組み
部門別採算を導入する際、多くの企業が躓くのが「どこまで厳密にやるか」という点です。
結論から言えば、「管理会計」として割り切り、意思決定に役立つ数字を作ることが最優先です。税務署のための決算書とは別物と考えてください。
限界利益(粗利)の徹底管理
まず基本となるのは、売上から「変動費(材料費や外注費)」を引いた「限界利益」の把握です。
現場の責任者にまず意識させるべきは、この限界利益です。「売上」を追うと値引きしてでも売ろうとしますが、「限界利益」を追わせると、安易な値引きが自分の首を絞めることに気づきます。
「社内売買」という概念
部門別採算を機能させる強力なエンジンが「社内売買(社内振替価格)」です。
例えば、製造部門から営業部門へ製品を渡す際、タダで渡すのではなく「社内仕切値」で売買したことにします。
- 製造部門の利益 = 社内売上(営業への卸値) - 製造原価
- 営業部門の利益 = 外部売上(顧客への売値) - 社内仕入(製造からの卸値) - 販管費
こうすることで、製造部門は「原価を下げて利益を出そう」と努力し、営業部門は「高く売って利益を出そう」と努力します。互いに「あいつらのせいで儲からない」という言い訳ができなくなるのです。
3.失敗しない「共通費の配賦」ルールの決め方
部門別採算の導入で最大の難所となるのが、家賃や本社人件費などの「共通費(間接費)」をどう各部門に割り振るか、つまり「配賦(はいふ)」の問題です。
ここが曖昧だと、「なぜうちの部署が社長の役員報酬まで負担しなきゃいけないんだ!」と現場から不満が噴出します。
私がコンサルティングの現場で推奨している、「納得感があり、かつ計算が複雑になりすぎない配賦基準」のテンプレートです。
推奨する配賦基準リスト
| 費用の種類 | 推奨される配賦基準 | 理由やポイント |
| 地代家賃・光熱費 | 使用面積比 | 最も公平感が高い。倉庫などのデッドスペースの削減意識も生まれる |
| 人事・総務部費 | 人員数 | 人の管理コストは人数に比例するため |
| 経理・財務部費 | 売上高 または 仕訳件数 | 簡便法なら売上比。厳密なら伝票枚数だが、中小企業なら売上比で十分 |
| 広告宣伝費(全社) | 売上高 | ブランド認知の恩恵は売上規模に比例するとみなす |
| 役員報酬・交際費 | 売上高 または 均等割 | 現場の納得感を得にくい項目。「本社管理費」として一括計上し、配賦しないという手もある |
| 減価償却費 | 直課(紐づけ) | 可能な限り、その設備を使用している部門に直接計上する\ |
注意点:
最初から1円単位で完璧に配賦しようとしないでください。配賦計算が複雑になりすぎると、経理担当が疲弊し、数字が出るのが遅くなります。「翌月の会議に間に合わなければ、その数字はゴミ同然」です。精度よりもスピードを優先し、まずは「ざっくりとしたルール」で運用を開始してください。
4.導入の3ステップと「社内政治」の対処法
システムを入れる前に、まず人の意識を変える必要があります。いきなり「来月から部門ごとに赤字か黒字かはっきりさせる」と宣言すると、社員は「リストラの準備か?」「成果主義で給料を下げられるのか?」と警戒します。
以下の3ステップで、慎重かつ断固として進めてください。
Step1 : Excelでのスモールスタート(「見せる」化)
高価な管理会計システムはまだ不要です。まずは経理データからExcelで加工し、部門別のPL(損益計算書)を試作します。
この段階では、数字は経営陣だけで共有してください。衝撃的な赤字部門が見つかっても、決してその部門長を責めてはいけません。「構造上の問題」として捉えるためです。
Step2: 部門長への開示と「言い訳大会」
次に、部門長会議で数字を開示します。必ず反発が起きます。
「この配賦はおかしい」「うちは古い設備を使わされているから不利だ」
こうした不満(言い訳)を一度すべて吐き出させ、配賦ルールの微修正を行います。このプロセスを経ることで、部門長は「自分たちもルール作りに参加した」という当事者意識を持ちます。
Step 3: 評価制度への組み込み
数字の信頼性が固まったら、賞与や昇進の基準に組み込みます。
ただし、「赤字=悪」と単純化するのは危険です。
- 黒字部門: 利益額に応じたインセンティブ
- 赤字部門(立て直し中): 赤字幅の「縮小額」やプロセス目標の達成度で評価
このように評価軸を工夫することで、社内がギスギスするのを防ぎつつ、健全な競争意識を植え付けることができます。
5.現場を変える運用テクニック「会議が変われば会社が変わる」
部門別採算表ができたら、月次会議のやり方を180度変えてください。
【ダメな会議】
- 社長が一方的に数字を読み上げる。
- 「なぜ未達なんだ!」と過去を追求する。
- 部門長が下を向いて嵐が過ぎるのを待つ。
【成果が出る会議】
- 数字の報告は事前に済ませ、会議では**「次の一手」**しか話さない。
- 「変動費率が2%上がった原因は何か?」「来月どうやって取り戻すか?」を部門長自身に語らせる。
- 経理担当者が「審査員」ではなく「ナビゲーター」として、数字の根拠をサポートする。
ある商社(年商30億円)では、この会議スタイルに変えてから半年で、万年赤字だった配送部門が「配送ルートの効率化」と「積載率の向上」を自ら提案し、単月黒字化を達成しました。
「自分たちの財布」という意識が芽生えた瞬間、現場の知恵は無限に出てくるのです。
まとめ:数字は「武器」であり「共通言語」である
部門別採算を導入することは、社長が孤独に背負っていた「利益責任」という重荷を、組織全体で分かち合うことを意味します。
もちろん、導入初期は手間もかかり、社内の摩擦も起きます。しかし、それを乗り越えた先には、**「社員全員が、社長と同じ目線で数字を語り合う組織」**が待っています。これこそが、年商10億円の壁を超え、永続する企業を作るための最強の土台となるのです。
まずは、直近の試算表を引っ張り出し、「もし配賦してみたらどうなるか?」とExcelでシミュレーションすることから始めてみてください。そこには、今まで見えていなかった経営の真実が隠されているはずです。
よくある質問(FAQ)
Q. 小さな会社でも部門別採算は必要ですか?
A. 社員数が10名程度でも、事業の柱が複数ある(例:物販と修理、店舗Aと店舗Bなど)場合は導入すべきです。早いうちに「事業ごとの財布」を分ける癖をつけておくことで、拡大期の混乱を防げます。
Q. 間接部門(総務・経理など)のモチベーションはどう保てばいいですか?
A. 彼らは直接利益を生みませんが、「コスト削減」や「生産性向上(他部門のサポート)」で貢献できます。間接部門には「全社利益の達成」または「予算内でのコストコントロール実績」を評価指標に置くことで、全社視点を持たせることが重要です。
Q. 赤字部門はすぐに撤退すべきですか?
A. 数字だけで即断するのは危険です。その部門が「将来の飯の種」なのか、他部門の売上に貢献している「ドアノック商材」なのかを見極める必要があります。ただし、「撤退ライン(例:限界利益が3ヶ月連続マイナスなら撤退)」というルールを事前に決めておくことは、感情に流されない経営判断のために有効です。