『資金繰り表作成&活用マニュアル』

「会計」と聞くと、なんとなく使っている言葉で、その言葉の意味自体、詳細に考えたことはない方が多いと思います。
または、難しい数字の羅列や、税金を払うためだけの面倒な事務作業だと思っていませんか?

私は長年、財務コンサルタントとして多くの企業の資金繰りや経営再建を見てきましたが、「会計を制する者は経営を制する」というのは紛れもない事実です。

会計とは、単なる集計作業ではなく、会社の健康状態を可視化し、未来の生存戦略を描くための「ビジネスの言語」だからです。

本記事では、教科書的な用語解説にとどまらず、現場の実務経験に基づいた「生きた会計知識」を解説します。特に、会計の憲法とも言える「企業会計原則」については、経営者が知っておくべきポイントに絞って深掘りしました。

これを読み終える頃には、無機質な数字が、会社を語るストーリーとして見えてくるはずです。


1.そもそも「会計」とは何か?(定義と目的)

会計を一言で表すと、「会社のお金の出入りや活動を記録し、関係者に報告する仕組み、自社の状況を把握する仕組み」のことです。

家計簿の会社版だと思っていただいて構いませんが、決定的に違うのはその「目的」です。家計簿は自分が分かれば良いですが、企業会計は「ステークホルダー(利害関係者)」への説明責任を果たすために存在します。

会計が果たす3つの役割

ビジネスの現場において、会計は以下の3つの役割を担っています。

  1. 情報の開示(ディスクロージャー)
    • 株主、銀行、取引先に対し、「この会社は状態はこうですよ」「儲かっていますよ」と数字で証明する役割です。
  2. 利害の調整
    • 儲けの中から、どれくらい税金を払うか、どれくらい株主に配当するかを決める根拠になります。
  3. 経営管理の羅針盤
    • 経営者自身が「会社が、どの事業が儲かっているか」「資金ショートしないか」を把握するために使います。

コンサルタントの視点

多くの経営者様が「税務署のための会計(税務申告)」ばかりを気にされますが、本当に大事なのは「自社のための会計」です。ここがおろそかになると、黒字なのに現金がないという事態に陥ります。

さらに、「財務」や「経理」という言葉との違いも明らかにしておきます。

会計:
会社のお金の出入りや活動を記録し、関係者に報告する仕組み
企業の資産(現金だけでなく、不動産、備品、売掛金などの権利も含む)の動きを包括的に管理すること

財務:
企業活動に必要な資金を管理し、財政状態を健全に保ちながら、企業価値を最大化する活動

経理:
会計業務の一環であり、日々のお金の流れを把握して記録・管理する実務

財務とは?何かをこちらのコラムで解説しております
財務とは?経理・会計との決定的な違いから、企業を救う「資金調達・運用」の実務まで専門家が解説


2.「財務会計」と「管理会計」の違いを理解する

会計は、「会社のお金の出入りや活動を記録し、関係者に報告する仕組み、自社の状況を把握する仕組み」でしたが、大きく分けて2つの種類があります。ここを混同していると、経営判断を見誤ります。

種類財務会計管理会計
対象外部向け(銀行・株主・税務署)内部向け(経営者・社員)
目的正しい情報の報告、信用獲得経営の意思決定、業績評価
ルール厳格(会計基準・税法)自由(自社ルールでOK)
時間軸過去の成績表未来の戦略地図

財務会計は「通信簿」、管理会計は「作戦ボード」

財務会計はルールに従って作成する「公式な成績表」です。
一方、管理会計は「A商品は利益率が高いからもっと売ろう」「B支店は経費がかかりすぎだ」といった分析をするための自由なツールです。

強い会社は、例外なくこの管理会計がしっかりしています。


3.会計の基本ルール「企業会計原則」の7つを完全解説

日本の会計実務において、公正妥当な慣行として長年守られてきたのが「企業会計原則」です。これは法律そのものではありませんが、会社法や税法などの基礎となっている非常に重要なルールです。

ここでは、一般原則と呼ばれる7つの原則について、「なぜそれを破るとマズいのか」という実務的視点を交えて解説します。

① 真実性の原則

「企業会計は、財務諸表によって、企業の財政状態及び経営成績に関し、真実な報告を提供するものでなければならない」

これが最上位の原則です。ただし、ここでの「真実」とは絶対的な正解が一つあるわけではなく、「ルールに則って正しく処理された相対的な真実」を指します。

  • 実務でのポイント: 粉飾決算は論外ですが、意図的な利益調整も許されません。

② 正規の簿記の原則

「正確な会計帳簿を作成しなければならない」

どんぶり勘定やメモ書きではなく、一定のルール(複式簿記)に基づいて網羅的・検証可能な記録を残す必要があります。

  • 実務でのポイント: 税務調査が入った際、証拠となる帳簿や領収書が整理されていないと、否認されるリスクが高まります。

③ 資本取引・損益取引区分の原則

「資本取引と損益取引とを明瞭に区別しなければならない」

「株主から集めたお金(資本)」と「ビジネスで稼いだお金(利益)」をごちゃ混ぜにしてはいけません、というルールです。

  • 実務でのポイント: 資本金(元手)を利益のように見せかけて配当を出してしまうと、「タコ配当(自分の足を食べている状態)」となり、会社の体力を削ぐ違法行為となります。

④ 明瞭性の原則

「財務諸表によって、利害関係者に明瞭に表示し、その誤解を招かないようにしなければならない」

わかりやすく書きなさい、という原則です。

  • 実務でのポイント: 重要な会計方針の注記や、特別利益・特別損失の区分などがこれに当たります。銀行員が見たときに「この数字はどういう意味?」と迷わせない明瞭さが、融資の可否を分けることもあります。

⑤ 継続性の原則

「会計処理の原則及び手続を毎期継続して適用し、みだりにこれを変更してはならない」

一度決めたルール(例:減価償却の方法など)は、正当な理由がない限り変えてはいけません。

  • 実務でのポイント: 利益が出そうだからといって、都合よく計算方法を変えると、期間比較(去年と比べてどうだったか)ができなくなります。銀行からも「利益操作をしているのではないか?」と疑われる原因になります。

⑥ 保守主義の原則

「企業の財政に不利な影響を及ぼす可能性がある場合には、これに備えて適当に健全な会計処理をしなければならない」

迷ったら「利益は控えめに、損失は早めに」計上しなさい、という慎重な姿勢を求める原則です。

  • 実務でのポイント: 財務コンサルタントとして、私はこの原則を最も重視しています。売れるかわからない在庫を資産として過大評価するより、早めに評価損を計上して実態を表す方が、結果として会社を守るからです。「ぬか喜び」を防ぐための知恵とも言えます。

⑦ 単一性の原則

「株主総会提出のため、信用目的のため、租税目的のため等種々の目的のために異なる形式の財務諸表を作成する必要がある場合、それらの内容は、信頼しうる会計記録に基づいて作成されたものであって、政策の考慮のために事実の真実な表示をゆがめてはならない」

提出先によって形式は違っても、元となる帳簿(実態)は一つでなければならない(二重帳簿の禁止)という原則です。

  • 実務でのポイント: 「銀行用には黒字の決算書、税務署用には赤字の決算書」を作るのは犯罪(二重帳簿)です。

4.財務三表(B/S・P/L・C/F)をざっくり理解する

会計の結果として出来上がるのが「決算書(財務諸表)」です。特に重要な3つを「財務三表」と呼びます。

貸借対照表(B/S:Balance Sheet)

  • 何がわかる?: 決算日時点での会社の「健康状態」「資産、負債の状態」。
  • ポイント: 「資産(持っているもの)」=「負債(借金)」+「純資産(自分の資産)」。
  • 資産が大きくても、借金ばかりであれば健全とは言えません。

損益計算書(P/L:Profit and Loss Statement)

  • 何がわかる?: 1年間の会社の「稼ぐ力」。
  • ポイント: 「売上」から「費用」を引いて「利益」を出します。
  • どこで利益が出ているのか(本業か、不動産売却などの臨時収入か)を見ることが重要です。

キャッシュフロー計算書(C/F:Cash Flow Statement)

  • 何がわかる?: 1年間の「現金の動き」。
  • ポイント: 黒字でも現金がなければ会社は倒産します。逆に赤字でも現金があれば生き残れます。

5.【現場の事例】会計を軽視してはいけない理由

ここで、私が過去にご相談を受けた事例(※特定を避けるため業種や詳細を一部変更しています)をご紹介します。会計の重要性がお分かりいただけると思います。

事例A:利益は出ているのに資金ショート寸前だった製造業

ある部品メーカーの社長様は「うちは毎年黒字だ」と自信を持っていました。しかし、通帳の残高は常にギリギリ。

会計データを分析すると、「売掛金の回収サイトが長く、在庫が過剰」であることが判明しました。

  • 問題: P/L(損益)上は売上が立っているので黒字だが、C/F(現金)が入ってくるのが半年後。その間の支払いが先行していた。
  • 対策: 会計データをもとに取引条件を見直し、在庫管理を徹底。**「勘定合って銭足らず」**の状態を脱却しました。

事例B:節税対策をしすぎて融資が受けられなかった建設業

「とにかく税金を払いたくない」と、経費を最大限に使って利益をゼロ近くに圧縮していた建設会社の社長様。

いざ大型案件を受注するための運転資金を銀行に相談したところ、断られてしまいました。

  • 問題: 「継続性の原則」や「明瞭性の原則」の観点からも、利益が出ていない会社には返済能力がないとみなされた。
  • 対策: 「適正な納税をして、内部留保(純資産)を厚くする」方針へ転換。数年かけてB/Sを改善し、信用格付けを上げました。

6.まとめ:会計は「経営のコックピット」である

会計とは、単なる義務やルールではありません。

飛行機のコックピットにある計器類と同じです。高度(資金残高)、速度(売上成長率)、燃料(利益)のメーターが見えていなければ、経営という操縦はできません。

特に「企業会計原則」は、計器が正しく動くための基盤となるルールです。これらを理解し、正しく活用することで、初めて経営者は自信を持って操縦桿を握ることができます。

自社の会計データに興味を持ち、顧問税理士や財務担当者と「未来の話」をする時間を増やしてみてください。それが、強い会社を作る第一歩です。


よくある質問(FAQ)

Q. 簿記の資格がないと会計はわかりませんか?

A. いいえ、資格は必須ではありません。経営者やビジネスパーソンに必要なのは「仕訳を切る技術(簿記)」ではなく、「決算書を読む力(財務分析)」です。細かいルールは専門家やソフトに任せ、数字の意味を理解することに注力してください。
しかし、簿記3級程度の会計知識を持っておくことを強くお勧めします!

Q. 小さな会社でも企業会計原則を守る必要がありますか?

A. はい。上場企業ほど厳密な運用は求められませんが(中小企業の会計に関する指針などがあります)、7つの原則は会計の根幹です。特に「真実性の原則」「継続性の原則」「明瞭性の原則」を守ることは、銀行や取引先からの信用に直結します。

Q. 会計ソフトがあれば専門家はいらないですか?

A. 入力や集計はソフトで自動化できますが、その数字から「経営課題」を見つけ出し、対策を打つには人間の判断が必要です。また、税務リスクの判断や資金調達の戦略には、税理士や財務コンサルタントの知見が不可欠です。