『資金繰り表作成&活用マニュアル』

「財務」と「経理」。

ビジネスの現場において、この2つの言葉はしばしば混同されがちです。
「お金周りの管理をする仕事」という意味では共通していますが、その目的と見ている時間軸は決定的に異なります。

財務:
企業活動に必要な資金を管理し、財政状態を健全に保ちながら、企業価値を最大化する活動

会計:
企業の資産(現金だけでなく、不動産、備品、売掛金などの権利も含む)の動きを包括的に管理すること

経理:
会計業務の一環であり、日々のお金の流れを把握して記録・管理する実務

「会計・経理」は過去の記録であり、
「財務」は未来の設計図です。

私は長年、財務コンサルタント・資金繰りアドバイザーとして多くの企業の経営再建や成長支援に携わってきました。その経験から言えるのは、「財務に強い会社は、不況でも潰れない」という事実です。

本記事では、教科書的な定義だけでなく、実際の経営現場で「財務」がどのような役割を果たしているのか、会計や経理とどう役割分担すべきなのか、実務経験に基づく「生きた知識」を解説します。


1.財務(ファイナンス)とは何か?

財務とは一言で言えば、
「企業活動に必要な資金を管理し、財政状態を健全に保ちながら、企業価値を最大化する活動」のことです。

会社を人間の体に例えるなら、「血液(現金)を全身に循環させ、止まらないようにコントロールする心臓」の役割を果たします。どれだけ立派な筋肉(商品・サービス)があっても、血液が回らなければ人は倒れてしまいます。会社も同様に、現金(キャッシュ)が尽きれば、たとえ黒字であっても倒産します。

財務の主な業務内容は、大きく以下の4つに分類されます。

① 財務戦略の立案

会社が5年後、10年後にどうありたいかという経営目標に基づき、「いつ、どのくらいのお金が必要か」を計画します。M&Aや新規事業への投資判断もここに含まれます。

② 予算の編成と管理

戦略を実行するための具体的な数値目標(予算)を作成し、実績とのズレ(予実管理)をチェックします。無駄な支出を抑え、利益体質を作るためにコントロールします。

③ 資金調達

必要な資金を外部から集めてくる業務です。

  • デット・ファイナンス: 銀行からの融資、社債発行など
  • エクイティ・ファイナンス: 株式発行による投資家からの出資など

④ 余剰資金・資産運用

手元にある現金をただ眠らせておくのではなく、投資信託や短期金融商品などで運用し、少しでも増やすための活動です。また、不要な資産を売却して現金化する判断も行います。


2.図解で整理:「財務」と「会計・経理」の違い

ここが最も検索されるポイントです。それぞれの定義と役割を整理しましょう。

会計とは?

企業の資産(現金だけでなく、不動産、備品、売掛金などの権利も含む)の動きを包括的に管理することです。

社外への報告を主目的とする「財務会計」と、社内管理用の「管理会計」が中心となります。

経理とは?

会計業務の一環であり、日々のお金の流れを把握して記録・管理する実務です。

  • 現預金・売上仕入等の管理
  • 伝票の記帳
  • 決算書類(貸借対照表・損益計算書)の作成
  • 税金の申告・納付管理

財務と経理・会計の比較表

項目会計・経理財務
時間軸過去(起きた事実を記録する)未来(これからどうするか決める)
主な目的正確な記録、納税、説明責任企業価値の最大化、資金ショート防止
成果物財務諸表資金繰り表、事業計画書
重要視点「利益」が出ているか?「現預金(キャッシュ)」があるか?
業務イメージ正確なスコアブックを付ける記録係勝利するための作戦を立てる軍師

3.誰が「財務」を行い、誰が「経理」を行うのか?

実務の現場では、会社の規模によって「誰が担当するか」が大きく異なります。ここが曖昧なままでは組織作りがうまくいきません。

経理・会計を扱うのは誰か?

  • 担当者: 経理担当社員、経理課長、記帳代行会社、顧問税理士。
  • 求められる資質: 正確性、幾帳面さ、簿記の知識、税法の理解。
  • 役割: 1円のズレもなく事実を積み上げること。

財務を扱うのは誰か?

  • 小規模・中小企業の場合:
    多くの場合、「経営者(社長)」自身です。銀行との交渉や将来の投資判断を社員に任せることは難しいため、社長が財務部長を兼任します。
  • 中堅・大企業の場合:
    CFO(最高財務責任者)や財務部が担当します。経理部とは明確に分けられ、経営陣の一角として機能します。
  • 外部パートナー:
    顧問税理士は「過去の会計・税務」のプロですが、「未来の財務戦略」まで踏み込んで提案できるとは限りません。そのため、別途「財務コンサルタント」「資金繰りアドバイザー」を登用するケースが増えています。

【ここがポイント】

「うちは税理士に任せているから大丈夫」というのは危険な誤解です。税理士は「正しい税金の申告」が主業務であり、「銀行からどう融資を引き出すか」「設備投資をするべきか」という未来の意思決定は、経営者自身(=財務)の責任なのです。


4.【専門家実録】 現場で起きている「財務」のリアル

ここからは、私が実際に現場で見てきた事例(※守秘義務のため一部情報を加工しています)をもとに、教科書には載っていない「財務の現場」をお伝えします。

事例:利益は出ているのに倒産寸前?(黒字倒産の危機)

ある地方の製造業A社(年商5億円規模)の事例です。

A社は技術力が高く、大型の受注が相次ぎ、損益計算書(P/L)上では過去最高益を記録していました。経理担当者も「社長、今期は絶好調ですね」と報告していました。

しかし、社長の顔色は優れません。なぜなら、「通帳にお金がない」からです。

何が起きていたのか(財務的分析)

  • 入金の遅れ: 大手との取引が増え、売上の入金が「月末締め・翌々月末払い」など長期化していた。
  • 支払いの先行: 受注増に対応するため、材料仕入れや外注費の支払いが先行して発生していた。
  • 在庫の滞留: 「念のため」と抱えた在庫が、現金を資産(モノ)に変えてしまい、資金をロックしていた。

会計(P/L)上は「売上」も「利益」も立っています。しかし財務(キャッシュフロー)の視点で見ると、入金までの3ヶ月間、数千万円の資金不足が発生する状態でした。これに気づかず手形決済の日を迎えていれば、A社は黒字倒産していたでしょう。

財務担当(コンサルタント)が打った手

私はA社に入り、直ちに以下の財務アクションを行いました。

  1. 資金繰りの見える化: 資金繰り表を作成し「いつ、いくら足りなくなるか」を日次単位で可視化。
  2. 緊急融資(つなぎ資金)の調達: 銀行に対し、「赤字補填」ではなく「受注増による前向きな運転資金」であることをロジカルに説明し、融資枠を確保。
  3. サイト(条件)交渉: 一部の仕入れ先に対し、支払いサイトの延長を交渉。

結果、A社は資金ショートの危機を脱し、無事に最高益に応じた現金を手にすることができました。これが、「会計(過去の利益)」だけを見ていては救えない会社を、「財務(未来の現金)」で救うという実例です。


5.優秀な財務担当者に求められるスキル

もしあなたが経営者で財務担当を雇う場合、あるいはあなたが財務職を目指す場合、以下のスキルが必須となります。

  • 論理的思考力(ロジカルシンキング):「なんとなく」ではなく、数字的根拠に基づいて未来を予測する力。
  • 交渉力・コミュニケーション能力:銀行担当者や投資家に対し、自社の魅力を伝え、納得させるプレゼン力。時には厳しい条件交渉も必要です。
  • リスク管理能力:「もし売上が2割落ちたら?」「もし金利が上がったら?」という最悪のケース(ワーストシナリオ)を常に想定できる慎重さ。
  • 会計・税務の基礎知識:財務諸表(B/S、P/L、C/F)が読めることは大前提です。

6.よくある質問(FAQ)

Q1. 中小企業に財務専門の部署がないのはなぜですか?

A. 多くの中小企業では、人件費の観点から専任者を置く余裕がなく、社長が兼務するか、経理担当者がルーチンワークの合間に行っているのが実情です。しかし、売上規模が数億円を超えてくると、社長の勘だけに頼る資金管理はリスクが高まります。外部のCFOやコンサルタントを活用するフェーズと言えるでしょう。

Q2. 簿記の資格があれば財務の仕事はできますか?

A. 簿記は「会計・経理」のためのスキルであり、財務の基礎にはなりますが、それだけでは不十分です。財務には、金融知識、銀行との折衝ノウハウ、経営戦略の理解が求められます。簿記が「記録の技術」なら、財務は「活用の技術」です。

Q3. 「資金繰り」と「キャッシュフロー経営」は何が違いますか?

A. 本質的には同じですが、ニュアンスが異なります。「資金繰り」は直近の資金ショートを防ぐための短期的なやりくり(守り)を指すことが多く、「キャッシュフロー経営」は長期的に現金を最大化するための戦略(攻め)を指すことが多いです。健全な財務は、この両方をカバーします。


まとめ:財務は、企業の「命」を守り「夢」を叶える力

財務とは、単なるお金の計算ではありません。

「会計」がこれまでの企業の歩みを記した航海日誌だとすれば、「財務」はこれから荒波を越えて目的地へ向かうための羅針盤であり、エンジンです。

  • 経理・会計で、足元を固める。
  • 財務で、未来を切り拓く。

この両輪が噛み合って初めて、企業は永続的な成長が可能になります。

もし現在、自社の「未来のお金」について不安がある場合は、早めに財務の専門家へ相談することをお勧めします。お金の不安が消えれば、経営者は本業(事業成長)に100%集中できるようになるからです。