
【監修者プロフィール】
合同会社スタイルマネジメント 佐藤恵介
経済産業省 認定経営革新等支援機関
『資金繰り表作成&活用マニュアル』マネジメント社 2025年11月 共同著者
資金繰り改善、銀行対応(資金調達)、経営計画書作成、売上・利益改善などと支援する財務コンサルタント

『資金繰り表作成&活用マニュアル』
2025年11月 マネジメント社より共同出版
Amazonにて発売中
「来期の売上目標は昨対比120%です」
私が顧問先の経営会議でこう聞かされたとき、必ず最初に投げかける質問があります。
「その数字の根拠は、社長の頭の中にありますか? それとも現場の積み上げですか?」
損益計画は、単なる銀行への提出資料ではありません。
あなたの事業が将来にわたって資金ショートせず、確実に借入金を返済し、成長し続けられるかを検証する「生存のためのシミュレーション」です。
本記事では、教科書的な損益計算書(P/L)の解説ではなく、数多くの企業の資金繰り再生に携わってきた実務家の視点から、「銀行が納得し、かつ経営に役立つ損益計画」の作り方を解説します。
1.損益計画(PL計画)とは何か?
多くの経営者が、損益計画を「これくらい売れたらいいな」という希望的観測で作りがちです。しかし、経営における損益計画の役割は明確に3つあります。
- 目標の数値化 : 従業員に行動指針を示す(ノルマではなく、達成への道筋)
- リスクの可視化: どこまで売上が落ちたら赤字になるか(損益分岐点)を知る
- 資金調達の武器: 銀行に対し「貸したお金が確実に返ってくる」ことを証明する
特に3点目が重要です。銀行員は、きれいな右肩上がりのグラフを見たいわけではありません。「その計画に実現可能性があるか(絵に描いた餅ではないか)」を見ています。
2.【実務の鉄則】作成手順は「逆算」で作る
私が現場で指導する際、売上から計画を作ることは推奨していません。 売上は水物(みずもの)であり、コントロールが難しいし、将来のことは不透明です。 確実な経営を行うためには、以下の順序で「逆算」して計画を立てます。
① 年間返済額の把握
まず、現在抱えている借入金の年間返済額を把握してください。「月にいくら返さなければ会社は潰れるのか」が全てのスタートラインです。
② 必要なフリーキャッシュフロー(FCF)の算出
銀行が見ているのは「利益」ではなく「返済原資」です。 【重要公式】
経常利益 + 減価償却費 - 法人税 = フリーキャッシュフロー(FCF)
このフリーキャッシュフローが、年間返済額を上回っている必要があります(FCF > 年間返済額)。 そうでなければ、黒字であっても手元のキャッシュは減り続け、いずれ資金ショートします 。
③ 必要な利益と売上の逆算
「返済に必要なFCF」が決まれば、そこから逆算して
「必要な経常利益」→「必要な粗利額」→「必要な売上高」
が自動的に導き出されます 。これが、絶対に達成しなければならない「必達目標」となります。
3.項目別:説得力のある数字を作るポイント
逆算で目標数値が決まったら、それを実現するための各項目を埋めていきます。ここで私がいつも指摘するポイントを紹介します。
【売上計画】「気合」ではなく「因数分解」
社長が「頑張ればこれくらい行く」と言っても、銀行は信用しません 。大事なのは、根拠です。
- 販売先ごとの積み上げ: A社に〇〇円、B社に〇〇円という具体的な契約や請求書ベースの予定があるか 。
- 季節変動: 過去の売上傾向から、繁忙期・閑散期を考慮しているか(毎月同額の売上計上は不自然です)。
- 戦略の裏付け: クロスSWOT分析などで導き出した「攻める理由」があるか 。
これらを社長自身の言葉で説明できて初めて、計画に魂が宿ります。
【人員計画】「採用」は投資である
「忙しくなりそうだから人を増やす」という安易な計画はNGです。
- 現状の従業員数、退職予定、採用予定を明確にする 。
- 「その人材を採用したら、具体的にいくら売上・利益が上がるのか?」 を説明できなければなりません 。人はコストではなく、利益を生むための投資です。
【経費計画】投資・消費・浪費に分ける
経費を「昨年の実績+α」でなんとなく計上していませんか? 私は経費を以下の3つに分けて考えるようアドバイスしています 。
- 投資: 将来の売上を作るための戦略経費(広告宣伝費、販促費など)
- 消費: 事業運営に必要なコスト(家賃、水道光熱費など)
- 浪費: 売上につながらない無駄な出費
特に銀行が見るのは「戦略経費」です。売上目標が高いのに広告費が昨年並みであれば、「どうやってその売上を作るのですか?」と突っ込まれます。
4.【事例紹介】A社の計画はなぜ「絵に描いた餅」と言われたか
※守秘義務のため、業種や数値を一部変更しています。
ある製造業のA社長が持ち込んだ損益計画は、見事な右肩上がりでした。しかし、銀行の反応は冷ややか。「根拠が薄い」と突き返されてしまったのです。 私が拝見すると、以下の問題点がありました。
- 売上根拠の欠如: 「新製品が出るから売れるはず」という希望だけで、販売代理店との交渉履歴や見込み客リストが考慮されていなかった。
- キャッシュフローの無視: 売上拡大に伴う「仕入代金の先行払い」が考慮されておらず、計画通りに売上が伸びると、逆に資金がショートする構造になっていた。
【改善のアプローチ】 まず、「FCF > 年間返済額」を満たす最低限の売上ラインを再計算しました。その上で、新製品の売上予測を「確度の高いAランク(既存客)」「Bランク(商談中)」に分類し、Aランクのみで計画を組み直しました。 結果、売上目標数値自体は当初より下がりましたが、「これなら確実に返済できる」 という説得力が生まれ、無事に融資審査を通過しました。
5.まとめ:損益計画は経営者の「意思」そのもの
損益計画は、一度作って終わりではありません。 毎月、計画と実績のズレ(予実差異)を確認し、「なぜズレたのか?」「次はどう修正するか」を考え続けることこそが経営です。
- 売上根拠は明確か?
- 人員計画は利益に見合っているか?
- フリーキャッシュフローは返済額を超えているか?
これらを自問自答し、強い財務体質を作っていきましょう。詳細なシミュレーションや資金繰り表との連動については、専門家への相談も検討してください。