
【監修者プロフィール】
合同会社スタイルマネジメント 佐藤恵介
経済産業省 認定経営革新等支援機関
『資金繰り表作成&活用マニュアル』マネジメント社 2025年11月 共同著者
資金繰り改善、銀行対応(資金調達)、経営計画書作成、売上・利益改善などと支援する財務コンサルタント

『資金繰り表作成&活用マニュアル』
2025年11月 マネジメント社より共同出版
Amazonにて発売中
「SWOT分析で自社の強みと弱みは洗い出した。しかし、そこから具体的なアクションが決まらない」
「きれいなマトリクス表は完成したが、結局、現場の動きは何も変わっていない」
多くの中小企業経営者やプロジェクトリーダーの方から、こうした相談を受けます。
現状分析(SWOT)はあくまで「診断」に過ぎません。
診断結果をもとに「処方箋」を書き、実行に移すためのプロセスが、今回解説する「クロスSWOT分析」です。
私は長年、財務コンサルタントとして企業の資金繰りや事業再生の現場に立ち会ってきました。そこで痛感するのは、
「優れた戦略とは、何をやるかよりも、何をやらないか(捨てるか)を決めることにある」という事実です。
戦略とは、「戦いを略す」と書きます。ゆえに何をやらないか?という決断は重要なのです。
本記事では、単なる言葉の定義や表の埋め方だけでなく、限られた経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)をどこに集中させるべきかを決定するための、実務的なクロスSWOT分析の手法を解説します。実際に私がクライアント企業様と共に行った分析事例(※守秘義務のため内容は一部加工しています)も交えながら、現場で使える知見をお伝えします。
クロスSWOT分析とは? 通常の「SWOT」との決定的な違い
多くの人が知っている「SWOT分析」と、今回扱う「クロスSWOT分析」。名前は似ていますが、その目的と成果物は全く異なります。
SWOT分析は「現状分析(健康診断)」、クロスSWOTは「実行計画(治療計画)」
通常のSWOT分析は、以下の4つの要素をリストアップする作業です。
- Strength(強み):自社の長所、資産、競合優位性
- Weakness(弱み):自社の課題、不足リソース、苦手分野
- Opportunity(機会):市場の拡大、流行、法改正などの追い風
- Threat(脅威):競合の参入、市場縮小、原材料高騰などの向かい風
しかし、リストアップしただけでは「現状がわかった」に過ぎません。「強みがあるのはわかったが、それをどう使うのか?」「弱みがあるが、今すぐ直すべきか、放置してもいいのか?」という問いには答えてくれないのです。
クロスSWOT分析とは、この4要素を「掛け合わせる(クロスさせる)」ことで、具体的な戦略オプションを導き出すフレームワークです。
【実際の表】クロスSWOT分析

私が経営支援に入る際は、SWOT分析単体で終わらせることはまずありません。
なぜなら、資金調達や事業計画書において銀行や投資家が見ているのは「現状(SWOT)」ではなく、「その現状を踏まえてどう稼ぐのか(クロスSWOT)」だからです。
経営資源をどこに投下するか? 4つの基本戦略オプション
クロスSWOT分析では、縦軸と横軸を掛け合わせることで、以下の4つの戦略フィールドが生まれます。
財務的な視点を交えて、それぞれの本質を解説します。
1.強み × 機会:積極戦略
「最大のチャンスに、最強の武器をぶつける」
自社の強みを活かして、市場のチャンスを最大限に取りに行く戦略です。
特に、小規模事業者、中小企業は、まずはこの積極戦略、一択です!
- 財務的視点: ここは「投資」の領域です。手元資金や借入を起こしてでも、人や設備を投入し、シェアを一気に拡大すべきフェーズです。
- アクション例: 新規事業の立ち上げ、広告宣伝費の増額、生産ラインの増強。
2.弱み × 機会:改善戦略
「チャンスはあるが、取りに行く実力がない」
市場は追い風なのに、自社の体制(人材不足、技術力不足など)が整っていない状態です。
- 財務的視点: 「機会損失」を防ぐための投資判断が求められます。ただし、弱みの克服に時間がかかりすぎてチャンスを逃すリスクもあります。「自前で改善する」か、M&Aや提携で「時間を買う」かの判断が重要です。
- アクション例: 中途採用の強化、業務提携、システムの導入による効率化。
3.強み × 脅威:差別化戦略
「逆風の中でも、自社の武器なら戦える」
市場環境は厳しくなっていますが、自社の強みを使えば生き残れる、あるいは競合を出し抜ける領域です。
- 財務的視点: ここは「高収益化(ニッチトップ)」を狙う領域です。価格競争(レッドオーシャン)に巻き込まれる脅威に対し、付加価値(強み)で対抗し、利益率を維持・向上させます。
- アクション例: ターゲット顧客の絞り込み、ブランディング強化、既存顧客の囲い込み(LTV向上)。
4.弱み × 脅威:撤退縮小戦略
「弱点を突かれ、致命傷になりかねない」
自社の弱みと外部の脅威が重なる、最も危険な領域です。
- 財務的視点: ここは「止血」の領域です。無理に戦わず、事業の縮小や撤退、コスト削減を断行し、会社全体の資金を守る必要があります。コンサルタントとして、最もシビアな決断を促す場面でもあります。
- アクション例: 不採算部門の撤退、固定費の削減、資産の売却。
【実演】成果を出すクロスSWOT分析の手順(5ステップ)
教科書通りの手順で進めても、良い戦略は生まれません。ここでは私が実際のワークショップや経営会議で実践している、より実務的な手順をご紹介します。
Step1: 「問い(Objective)」の設定
いきなり付箋を貼り出してはいけません。まず「何のために分析するのか」を定義します。
- 「全社の5カ年計画を作りたいのか?」
- 「既存事業のV字回復プランを作りたいのか?」
- 「新規事業の撤退ラインを決めたいのか?」この前提がズレていると、議論が発散して終わります。
Step2: SWOTの洗い出し(事実と解釈の分離)
メンバーを集めてSWOTを出し合います。ここで私が最も注意するのは「事実(Fact)」と「意見(Opinion)」を分けることです。
- × 悪い例:「当社の営業力は弱い」(これは主観的な意見)
- ◯ 良い例:「競合A社と比較して、成約率が5%低い」(これが事実)
事実に基づかない分析は、後の戦略を誤った方向へ導きます。特に「強み」については、顧客が評価していない独りよがりな強みになっていないか、厳しくチェックします。
「強み」は、社長・幹部だけではなく、従業員にも検討に参加してもらうと、経営幹部には普段見えない現場の「強み」が見えることがあるので、おススメです。
そして、外部環境分析は、PESTEL分析を使いましょう。
政治的要因、経済的要因、社会的要因、技術的要因、法律的要因、環境的要因の6つの要素から、自社に関係する「機会」と「脅威」を分析します。
小規模事業者、中小企業は特にこの外部環境に影響を受けやすいので、しっかり分析して、経営幹部と共有されることをおススメします。
実際に、このPESTEL分析をする際には、まずはAIである程度考えてもらうのもひとつです。
「(自社のHPのURLを貼る)自社は、○○業をしている 株式会社○○です。
自社の外部環境分析をしたいと思います。政治的要因、経済的要因、社会的要因、技術的要因、法律的要因、環境的要因の6つの要素について、機会と脅威、それぞれ5つずつ分析して。」
とAIに聞いてみてください。

Step3: クロス分析(掛け合わせとアイデア出し)
4つの象限に要素を配置し、戦略アイデアを出します。
ここで重要なのは、機械的に全ての枠を埋めることではありません。「強いストーリー」が見える組み合わせを探すことです。
「この強み(S)を使えば、この脅威(T)すらも機会(O)に変えられるのではないか?」といった柔軟な発想がブレイクスルーを生みます。
アイデア出しの場面では、「どうせこんなこと言ったって現実的には無理だろうな」「こんなこと言ったら、誰かに何か言われるかもしれない」という心配は捨てて、まずは思いついたことをアウトプットしてみることが重要です。(人のアイデアを否定しない、というルールを作っておく)
そして、そのアイデアが呼び水となって、また次の新しいアイデアが生まれて、最後に素晴らしいアイデア=戦略が決まることもあるのです。
Step4: 優先順位付け
★ここが最重要ステップです。
多くの記事では「アイデアを出して終わり」ですが、実務では「全てを実行する金も人もいない」のが常です。出されたアイデアに対し、以下の2軸でスコアリングを行います。
- インパクト: それを実行すると、売上・利益にどれくらい貢献するか?
- 実現可能性: 自社の現在の資金力・技術力で実行可能か?
「インパクトが大きく、実現可能なもの」を最優先(Priority A)とし、「インパクトは大きいが実現困難なもの」は中長期課題(Priority B)として切り分けます。
Step5: 行動計画とKPIへの落とし込み
選ばれた戦略を、具体的な行動計画に変換します。
- 誰が(責任者)
- いつまでに(期限)
- どの予算で(資金源)
- 何を達成するか(KPI/KGI)
ここまで決めて初めて、クロスSWOT分析は完了します。
【実務事例】地方製造業A社の起死回生戦略(特定回避のため加工あり)
私が資金繰りの相談を受けた、ある金属加工メーカー(A社)の事例をご紹介します。
当時、A社は売上は横ばいでしたが、原材料費の高騰により利益が圧迫され、キャッシュフローが悪化していました。
分析前のA社の状況
- 社長の思い:「最新の設備を導入して、生産効率を上げれば利益が出るはずだ」
- 財務状況:追加融資を受ける余力は乏しく、設備投資に失敗すれば倒産の危機。
実施したクロスSWOT分析(要約)
- Strength(強み): 熟練職人の手作業による試作品の精度の高さ、短納期対応。
- Weakness(弱み): 量産設備の老朽化、若手不足、営業マンがいない。
- Opportunity(機会): 大手メーカーの研究開発(R&D)投資の増加、小ロット多品種へのニーズ。
- Threat(脅威): 海外製品による量産品の価格破壊、原材料費の高騰。
導き出された「意外な」戦略
当初、社長は「老朽化した設備」という弱みと「量産ニーズ」という機会を見て、「設備投資」をしようとしていました。しかし、財務的な制約と脅威(海外勢の価格競争力)を考慮すると、これは「負け戦」になる可能性が高いと分析しました。
そこで私たちが採用したのは、徹底した「ST戦略(差別化)」でした。
- 戦略内容: 量産(レッドオーシャン)からの計画的撤退。強みである「職人の試作能力」を活かし、大手メーカーのR&D部門に特化した「高単価・開発支援パートナー」としてのポジションを確立する。
- アクション: 設備投資は中止。代わりに、Webサイトを「試作特化」にリニューアルし、技術ブログで職人のノウハウを発信(営業マン不要の集客)。
結果
売上規模は一時的に2割下がりましたが、利益率は大幅に改善。無駄な設備投資を避けたことでキャッシュフローが安定し、現在では無借金経営に近づいています。
このように、「やらないこと(量産)」を決める勇気を与えてくれるのが、正しいクロスSWOT分析の力です。
実践における「3つの落とし穴」と回避策
コンサルタントとして多くの会議を見てきましたが、失敗するパターンには共通点があります。
1.「強み」の思い込み
社内メンバーだけで分析すると、「我が社の技術は素晴らしい」という思い込みでS(強み)が埋まりがちです。しかし、顧客がお金を払ってくれなければ、それは強みではありません。
回避策: 顧客アンケートや、営業日報など「外部の声」を必ずテーブル上に置いて分析する。
2.「総花的」な戦略立案
「あれも大事、これも大事」と、撤退戦略から目を背け、差別化戦略や改善戦略ばかり並べてしまうケースです。リソースが分散し、共倒れになります。
回避策: まずは積極戦略に注力する。もしくは財務担当者が「予算の上限」を先に提示する。「今のキャッシュでは、新しい取り組みは2つまでしかできません」と制約を設けることで、真剣な優先順位付けが始まります。
3.実行部隊の不在
戦略を作った経営企画室と、現場の温度差があるパターンです。「現場が忙しいのに、勝手に仕事を増やすな」という反発を招きます。
回避策: クロス分析のワークショップには、必ず現場のキーマン(工場長や営業マネージャーなど)を参加させる。「自分たちで決めた戦略」という当事者意識を持たせることが、実行への最短ルートです。
よくある質問(FAQ)
Q. クロスSWOT分析は、一人でやっても意味がありますか?
A. 思考の整理としては有用ですが、戦略の精度を高めるには不十分です。一人ではどうしても「認知バイアス(自分の見たいものしか見ない)」がかかります。できれば異なる部署のメンバー3〜4人、あるいは外部の専門家を交えて行うことを強く推奨します。
Q. 中小企業でもクロスSWOT分析は必要ですか?
A. むしろ、経営資源が限られている中小企業こそ必要です。大企業は多少の失敗を体力でカバーできますが、中小企業にとって一つの投資ミスは致命傷になりかねません。「勝てる場所でのみ戦う」ために、必須のフレームワークです。
Q. 分析を行う適切なタイミングは?
A. 事業年度の変わり目(事業計画策定時)はもちろんですが、「大きな設備投資をする前」「新規事業を立ち上げる前」「資金繰りが厳しくなってきた時」に行うのが効果的です。