『資金繰り表作成&活用マニュアル』

「税理士から毎月試算表をもらっているから、うちは大丈夫だろう」

もし社長がそう思われているとしたら、それは少し危険なサインかもしれません。

多くの経営者が目にする「決算書」や「試算表」。
これらはもちろん重要ですが、あくまで「過去の成績表」に過ぎません。車を運転するのに、バックミラーだけを見ていては、目の前のカーブや障害物に気づけず事故を起こしてしまいます。

経営という運転において、フロントガラス越しに未来を見るための考え方。
それが「管理会計」です。

本記事では、財務コンサルタントとして数多くの企業の「お金の悩み」に向き合ってきた経験から、教科書的な定義だけでなく、「なぜ中小企業にこそ管理会計(特に資金繰り管理)が必要なのか」という実務的な視点で、財務会計との違いを徹底解説します。


管理会計と財務会計の決定的な違い【1分でわかる比較表】

まずは、両者の違いを整理しましょう。
一言で言えば、財務会計は「他人(外部)のため」のもの、管理会計は「自分(内部)のため」のものです。

比較項目財務会計(税務会計)管理会計
主な目的外部への報告・納税・信用獲得経営の意思決定・業績管理
対象者税務署、銀行、株主経営者、現場責任者など
視点過去(終わったことの記録)過去、未来(これからの予測と計画)
ルール法律、会計基準(厳格)自由(自社に合った形式でOK)
必須情報正確な損益・資産/負債の状態資金繰り、変動費/固定費、部門別採算、KPI
作成義務法的義務あり義務なし(しかし経営には必須)

このように比較すると明確ですが、多くの企業がエネルギーを注いでいるのは左側の「財務会計」です。しかし、会社を存続させ、成長させるためのヒントは、右側の「管理会計」に詰まっています。

それぞれ詳しく見ていきましょう。


財務会計とは?:社会的な信用を守る「通信簿」

財務会計は、会社法や税法といった厳格なルールに基づいて作成されます。主な成果物は、皆様もよくご存知の「財務三表」です。

  • 貸借対照表 (B/S): 会社の財産状態を示す
  • 損益計算書 (P/L): 会社の儲けを示す
  • キャッシュフロー計算書 (C/F): 現金の増減を示す(※上場企業等で義務)

これらは、税金を正しく納めたり、銀行から融資を受けたりするために不可欠です。いわば、会社の社会的な信用を守るための「通信簿」のようなものです。

しかし、財務会計には経営判断における弱点があります。それは「結果が出るまで時間がかかる」ことと、「お金の動き(キャッシュフロー)が直感的に見えにくい」ことです。


管理会計とは?:会社を操縦する「羅針盤」

一方、管理会計には法的なルールが一切ありません。極端な話、社長が「この数字を見たい」と思えば、それがその会社の管理会計になります。

管理会計の役割は、経営者が正しい意思決定をするための材料を提供することです。具体的には以下のようなものが挙げられます。

  1. 部門別・商品別損益:
    「A支店は黒字だが、B支店は赤字」
    「売上No.1の商品Xより、実は商品Yの方が利益率が高い」といった内訳の把握。
  2. 損益分岐点分析:
    「あといくら売れば黒字になるのか」
    「固定費をどこまで下げれば利益が出るか」のシミュレーション。
  3. 資金繰り予定表:
    「3ヶ月後、6か月後に現金が不足しないか」の予測。

「資金繰り表」の作成こそが、最強の管理会計である

ここで強調しておきたいのが、「資金繰り表(予定表)の作成は、立派な管理会計である」という点です。

よく「キャッシュフロー計算書(財務会計)」と混同されますが、財務会計で作るキャッシュフロー計算書はあくまで「過去の実績」です。「去年はどうお金が動いたか」わかっても、明日の支払いに間に合うかはわかりません。

私が現場でアドバイスをする際、「未来の入出金予定を管理し、半年先の現預金残高を予測すること」を最優先の管理会計業務として位置づけています。なぜなら、会社は赤字だから潰れるのではなく、手元の現金がなくなった時に潰れるからです。


【実録】財務会計しか見ていなかった企業の落とし穴

私が以前ご相談を受けた、ある製造業(年商数億円規模)の事例を、守秘義務に配慮しつつ一部加工してお話しします。

その会社は、技術力が高く、売上は右肩上がりでした。税理士が作る毎月の試算表(財務会計)でも、しっかりと「営業利益」が出ていました。社長は「利益が出ているのだから、設備投資をしても大丈夫だ」と判断し、大型機械の導入を決めました。

しかし、その数ヶ月後、会社は深刻な資金ショートの危機に直面しました。

なぜ「黒字」なのに危機に陥ったのか?

原因は、「利益」と「現金」のタイムラグです。

  • 売上は立ったが、入金されるのは3ヶ月後の約束手形だった。
  • 仕入や外注費の支払いは、翌月末払いだった。
  • さらに、設備投資の頭金を現金で支払ってしまった。

財務会計上のP/L(損益計算書)では、売上が立った瞬間に「利益」が計上されます。しかし、手元に現金が入ってくるのはずっと先です。この会社には、未来の現金の動きを予測する「管理会計(資金繰り表)」の仕組みがありませんでした。

私が介入し、急遽「資金繰り予定表」を作成して半年先のキャッシュフローを可視化したところ、2ヶ月後に支払いができなくなることが判明。銀行への緊急融資の要請と、支払サイトの交渉を行い、なんとか倒産を回避しました。

もし、社長が財務会計の数字(過去の利益)だけでなく、管理会計の数字(未来の現金)を見ていれば、この危機は未然に防げた、あるいはもっと余裕を持って対処できたはずです。


管理会計を今日から始める3つのステップ

「管理会計」と聞くと、高価なシステム導入が必要だと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。中小企業がまず取り組むべきステップをご紹介します。

ステップ1:Excelで「資金繰り予定表」を作る

これが最優先です。少なくとも向こう3ヶ月〜6ヶ月の「入金予定」と「出金予定」をリストアップしてください。

「利益」ではなく「現金残高」がどう推移するかを予測します。これができれば、管理会計の目的の半分は達成したと言っても過言ではありません。

ステップ2:勘定科目に「補助コード」をつける

現在お使いの会計ソフト(財務会計用)を少し工夫するだけで、管理会計は始められます。

例えば「売上高」という科目に、部門別や商品カテゴリ別の「補助科目(タグ)」を設定してください。これだけで、「どの事業が儲かっているか」を把握できるようになります。

ステップ4:月次決算のスピードを上げる

財務会計としての正確性を100点満点にするために翌月20日まで時間をかけるより、95点の精度で良いので「翌月5営業日」**までに数字を固める方が、管理会計としては価値があります。

数字は鮮度が命です。早めに数字が出れば、月の半ばで対策を打つことができます。


よくある質問(FAQ)

Q. 小規模な会社でも管理会計は必要ですか?

A. はい、規模が小さいほど「資金繰り」という管理会計が重要です。

大企業と違い、中小企業は手元の資金が尽きれば即座に事業継続が困難になります。ドンブリ勘定からの脱却こそが、成長への第一歩です。

Q. 管理会計と財務会計で数字がズレることはありますか?

A. あります。むしろ、目的が違うのでズレて当然です。

例えば、財務会計では「法定耐用年数」で減価償却を行いますが、管理会計では「実態に合わせた年数」で計算して、よりリアルな損益を見ることもあります。また、社内金利などを設定する場合もズレが生じます。

Q. 専任の担当者がいなくても導入できますか?

A. 可能です。まずは社長と経理担当者が兼務で始めるケースが大半です。

ただし、慣れてくると分析業務が増えるため、外部の専門家(コンサルタント)に「仕組みづくり」と「毎月のモニタリング」を依頼するのも効率的な選択肢です。


まとめ:過去を記録し、未来を創る

  • 財務会計は、過去を正しく記録し、社会的な信用を得るために行うもの。
  • 管理会計は、未来を予測し、会社を潰さないために行うもの。

どちらが欠けても経営は成り立ちません。しかし、多くの企業が財務会計(決算書作成)に追われ、管理会計(未来の設計)がおろそかになっているのが現状です。

「利益は出ているのにお金がない」

「どの事業に投資すべきか判断できない」

もしそのような悩みを抱えているなら、それは管理会計を導入すべきタイミングです。まずは簡単な資金繰り表の作成から始めてみませんか? 数字が「単なる記録」から「未来への武器」に変わる瞬間を、ぜひ体感してください。