『資金繰り表作成&活用マニュアル』

「先月、いくら儲かったか正確に把握していますか?」

「売上は上がっているのに、なぜか手元の現金が増えないと感じていませんか?」

もし、これらの問いに即答できない場合、あなたの会社の「月次決算」は機能していないか、あるいは形式的な事務作業で終わっている可能性があります。

多くの経営者様からご相談を受けますが、業績が伸び悩む企業の多くは「年に1回の決算しかしっかり行っていない」という共通点があります。

逆に言えば、月次決算を正しく運用することは、資金繰りを劇的に改善し、会社を潰さないための最強の防衛策となります。

本記事では、長年多くの中小企業の財務改善・資金繰り支援に携わってきたコンサルタントの視点から、教科書的な説明だけでなく、「経営判断に活かすための月次決算」の実践的なノウハウを解説します。


月次決算とは何か?年次決算との決定的な違い

月次決算とは、その名の通り「1ヶ月単位で行う決算」のことです。法律で義務付けられている年に1回の「年次決算」とは異なり、法的な義務はありません。

しかし、なぜ多くの黒字企業がわざわざ手間をかけて月次決算を行うのでしょうか。それは、目的が「税務署のため(外部報告)」ではなく「自社のため(内部管理)」だからです。

年次決算と月次決算の比較表

項目年次決算月次決算
主な項目税務申告、株主・銀行への報告経営判断、資金繰り管理、異常検知
対象税務署、金融機関など外部経営者、役員、部門長など内部
求められる質1年単位の正確性スピード重視(概算でも可)
実施期限決算日から2か月以内翌月10~20日(推奨)

専門家の視点:「正確さ」よりも「スピード」が命

経理担当者の方は、つい「1円単位まで合わせないと気が済まない」と考えがちです。しかし、月次決算においては「90%の精度でいいから、翌月10日までに数字が見たい」というのが経営者の本音であり、正しい姿です。

2ヶ月後に完璧な数字が出てきても、それはもう過去の話です。経営に必要なのは、今すぐ手を打つためのタイムリーな速報値なのです。


なぜ月次決算が必要なのか?経営を強くする3つのメリット

月次決算を導入・定着させるメリットは多岐にわたりますが、財務コンサルタントの視点から特に重要な3点を挙げます。

1.資金ショートの兆候を早期発見できる(資金繰り管理)

これが最大のメリットです。試算表(B/S・P/L)を毎月作ることで、「利益は出ているが、現金が減っている」という黒字倒産の予兆に気づけます。

例えば、売上が急増した月に、仕入代金の支払いが先行し、資金がショートするケースは珍しくありません。月次で数字を見ていれば、「来月の支払いに備えて融資を申し込もう」と先手を打つことができます。

2.金融機関からの評価が上がる

銀行融資の審査において、月次試算表(さらに言えば資金繰り表)の提出スピードと精度は、経営能力のバロメーターとして見られます。

「直近の試算表をください」と言われて、「まだできていません(あるいは3ヶ月前のものしかありません)」と答える社長と、「翌日には提出できる」社長。どちらに融資したくなるかは明白です。月次決算の体制があるだけで、信用力という見えない資産が積み上がります。

3.問題の「傷口」が浅いうちに治療できる

「ある部門の経費が異常に増えている」「原価率が数%悪化した」。これらを年次決算で気づいても、1年分の損失が確定した後です。月次決算なら、異常値が出た翌週には現場へヒアリングし、対策を講じることができます。


【実務編】月次決算の具体的な業務フロー

では、具体的にどのような手順で進めるべきか。理想的なスケジュール(翌月10日完了目標)とともに解説します。

Step1:現預金残高の確定(翌月1〜3日)

すべての基本です。通帳の残高と、会計ソフト上の残高が一致しているかを確認します。ここがズレていると、その後の全ての分析が無意味になります。現金出納帳、預金通帳の入力は最優先で行います。

Step2:売掛金・買掛金の照合(翌月5〜7日)

請求書を発行し、売上の計上漏れがないか確認します。同時に、届いた請求書を基に買掛金を計上します。

  • ポイント: 未入金のチェックをこの段階で必ず行います。「売掛金が回収できていない」ことは、資金繰りに直結する最重要課題です。

Step3:棚卸資産(在庫)の計上(翌月5〜8日)

ここが中小企業のボトルネックになりやすい部分です。毎月実地棚卸をするのが難しい場合は、原価率から推定して計上する方法(推定棚卸高)でも構いません(※ただし、四半期に一度は実地棚卸を推奨)。在庫金額が確定しないと、正しい「月次の利益」が出せません。

Step4:経過勘定・引当金の計上(翌月8〜10日)

  • 減価償却費: 年間の金額を12等分して毎月計上します。
  • 賞与引当金: 夏・冬のボーナス支払いに備え、毎月費用として積み立てておきます。
  • 税金: 法人税等の概算額を計上します。

これらを入れることで、「今月だけの突発的な赤字/黒字」に見える錯覚を防ぎ、実態に近い利益を把握できます。


【事例解説】月次決算が会社を救ったケース

私が過去にご支援した、ある製造業(年商約3億円)のA社の事例をご紹介します。(※特定を避けるため、一部数字や状況を加工しています)

【課題】

A社は技術力があり、受注は好調でした。社長は「忙しいから儲かっているはずだ」と考えていました。しかし、なぜか常に資金繰りが厳しく、銀行へのリスケジュール(返済条件変更)を検討する寸前でした。

【月次決算導入で見えた事実】

それまで年1回だった決算を月次化したところ、衝撃の事実が判明しました。

売上は伸びていましたが、「原材料の高騰」を価格転嫁できておらず、直近3ヶ月の粗利率が急激に低下していたのです。さらに、現場が欠品を恐れて必要以上の在庫を抱え込み、現金が在庫(モノ)に変わって倉庫で眠っていたことが分かりました。

【対策と結果】

原因が特定できたため、A社はすぐに以下の手を打ちました。

  1. 不採算製品の値上げ交渉。
  2. 発注ロットの見直しによる在庫削減。

結果、3ヶ月後には粗利率が改善。過剰在庫を現金化したことで手元資金も潤沢になり、銀行へのリスケジュールを回避できました。もし月次決算をしていなければ、A社は「忙しいのに倒産する」という最悪の結末を迎えていたかもしれません。


経営者が見るべき「試算表」のチェックポイント

作成された月次試算表(B/S、P/L)を受け取ったとき、経営者はどこを見るべきか? 財務コンサルタントとして、私は以下の3点を必ずチェックするよう助言しています。

1.「粗利率(売上総利益率)」の変動

売上の増減よりも、粗利率の変化に注目してください。ここが下がっている場合、値引きのしすぎ、仕入価格の上昇、あるいは横領や在庫の計算ミスなど、重大な問題が潜んでいます。

2.現預金月商倍率(手元流動性)

「現預金残高 ÷ 月平均売上高」で計算します。

中小企業であれば、最低でも1.5ヶ月〜2ヶ月分の現金を確保したいところです。これが1ヶ月を切っている場合、資金繰りは危険水域です。利益が出ていても、銀行融資などで現金を積む必要があります。

3.固定費の異常値

前年同月と比較して、急激に増えている経費(交際費、旅費交通費、消耗品費など)がないかを確認します。無駄遣いの抑止力になります。
そして、総勘定元帳も見ながら、販管費など、項目ごとに一つ一つ何にどれだけ使ったのか?をチェックすることが大事です。


月次決算の早期化を阻む壁と解決策

「月次決算が必要なのはわかるが、マンパワーが足りない」

そう悩む企業も多いでしょう。早期化(翌月10日〆)を実現するためのポイントを整理します。

ボトルネック1:請求書・領収書の回収遅れ

現場の社員から資料が出てこないパターンです。

  • 解決策: 「経費精算は翌月3日まで。それ以降は翌々月払い」という厳しいルールを設け、社長名で通達します。また、法人カードを導入し、明細データを自動連携させるのも有効です。

ボトルネック2:未着請求書の待ち時間

「電気代や外注費の請求書が届かないから締められない」というケースです。

  • 解決策: 請求書を待つ必要はありません。過去の実績から「見込額」で計上(未払金計上)し、翌月に差額調整すればOKです。スピードを優先しましょう。取引先には、〇日までに請求書が届かなかった場合には次月に回します、ということ予めお伝えしておきましょう。

ボトルネック3:アナログな手入力

通帳を見ながら会計ソフトに入力しているなら、今すぐやめましょう。

  • 解決策: ネットバンキングと会計ソフトを連携(API連携)させれば、日付や金額のミスなく、一瞬で取り込めます。これだけで数日分の作業が削減できます。

まとめ:月次決算は「未来」のために行う投資である

月次決算は、過去の数字を集計する「作業」ではありません。

「今の会社の健康状態を知り、未来の生存確率を高めるための投資」です。

毎月正確な数字を把握し、資金繰りの見通しを立てることで、経営者は漠然とした「お金の不安」から解放され、本業である「売上アップ」や「事業拡大」に専念できるようになります。

もし現在、自社だけで月次決算を組むのが難しい、あるいは数字を見てもどう経営に活かせばいいか分からないという場合は、専門家のサポートを受けるのも一つの手段です。仕組みさえ作ってしまえば、その効果は永続的に続きます。まずは「翌月の残高確認」から始めてみませんか?


よくある質問(FAQ)

Q. 小規模な会社(従業員数名)でも月次決算は必要ですか?

A. はい、小規模な会社ほど必要です。

資金余力のある大企業と違い、中小企業は数ヶ月の赤字や入金遅れが命取りになります。社長自身が現場に出ていて忙しいからこそ、月に一度立ち止まって「数字という客観的な事実」と向き合う時間を確保することが、会社の生存率を高めます。

Q. 税理士に任せれば月次決算はできますか?

A. 丸投げでは「経営に役立つ月次決算」になりにくいのが実情です。

一般的な税理士契約(記帳代行)では、資料を送ってから試算表が届くまで1〜2ヶ月かかることも珍しくありません。早期化を目指すなら、自社で入力を行う「自計化」を進めるか、月次決算支援に特化した専門家に依頼し、二人三脚で体制を作ることをお勧めします。

Q. 在庫の管理が大変で、毎月の棚卸しができません。

A. 概算(推定棚卸)で進めましょう。

毎月の実地棚卸が理想ですが、業務負担が大きすぎる場合は、「前月の原価率」や「標準原価」を使って計算上の在庫を計上する方法で構いません。ただし、在庫のズレは利益のズレに直結するため、最低でも半期に一度は実地棚卸を行い、数値を修正してください。