『資金繰り表作成&活用マニュアル』

「今期は過去最高益が出そうだ。よくやった」

そう社員を労った翌日、銀行口座の残高を見て青ざめる。

「税金の支払資金が足りない……」

これは、私が過去にご相談を受けた年商5億円規模の卸売業、A社長のケースです。決して珍しい話ではありません。

売上は上がり、帳簿上は利益が出ている。
それなのに、手元に現預金(キャッシュ)がない。

この「勘定合って銭足らず」の原因として良くあるのは、倉庫に眠る「在庫」です。

銀行融資で現金を補填するのは、あくまで対症療法にすぎません。
本質的な治療は、社内に眠る現金を呼び覚ますこと、つまり「在庫管理」にあります。

本記事では、財務コンサルタントとして数多くの中小企業を支援してきた経験から、きれいごとの理論ではない「資金繰りを劇的に改善する在庫管理の鉄則」を解説します。


なぜ「在庫」が増えると「資金繰り」が悪化するのか?

まず、経営者として絶対に押さえておくべき会計のメカニズムがあります。それは「在庫は、売れるまでお金にならない」という事実です。

利益と現金のズレ(PLとCFの乖離)

商品を仕入れたとき、現金は出ていきます。
しかし、会計上のルールでは、仕入れただけでは「費用」になりません。
売れて初めて「売上原価」という費用になり、売上と相殺されます。

ここに、恐ろしいタイムラグが生まれます。

わかりやすくするために、極端な例でシミュレーションしてみましょう。

【事例シミュレーション】

  • 手元資金:1,000万円
  • 1個1万円の商品を、1,000個仕入れた(仕入総額1,000万円)
  • 期末までに、そのうちの**半分(500個)**が、1個2万円で売れた(売上1,000万円)

この場合、決算書(PL)はどうなるでしょうか?

  • 売上: 1,000万円
  • 売上原価: 500万円(売れた500個分のみ計上)
  • 利益: 500万円

「500万円も利益が出た!」と思われるかもしれません。
しかし、現実の資金繰り(キャッシュフロー)を見てみましょう。

  • 入金: 1,000万円(売上分)
  • 出金: 1,000万円(仕入全額分は支払い済み)
  • 税金: 約150万円(利益500万円に対する法人税等 ※実効税率約30%と仮定)

結果:手元に残る現金は ▲150万円(ショート)

在庫(売れ残った500個=500万円分)は、貸借対照表(BS)の上に「資産」として計上されますが、会社にとっては「仮死状態の現金」です。

倉庫にある商品は、給料の支払いにも、税金の支払いにも使えません。

在庫が増えるということは、会社の血液である現金を「動かないモノ」に変えて保存しているのと同じことなのです。


貴社の在庫は「資産」か「罪庫」か?現状を知る3つの指標

「うちは在庫管理をしている」とおっしゃる社長でも、詳しく聞くと「実地棚卸しで数を数えているだけ」というケースが多々あります。
それは「在庫確認」であって「管理」ではありません。

資金繰りの観点から見るべき指標は以下の3つです。

1.在庫回転期間

「商品を仕入れてから、現金化されるまで何日かかるか」を示す指標です。
これが長ければ長いほど、資金繰りは苦しくなります。

在庫回転期間(日) = 在庫金額 \ 1日あたりの売上原価

  • 目安: 業種によりますが、自社の過去3年分と比較して長期化していないかを確認してください。1日伸びれば、それだけ運転資金が必要になります。

2.在庫回転率

「1年間で在庫が何回入れ替わったか」を示します。

在庫回転率(回)= 年間売上原価 \ 平均在庫金額

  • 回転率が低い=倉庫に長く滞留している=資金が寝ている状態です。

3.交差比率

これは「儲かる在庫」を見極めるための指標です。

交差比率 = 在庫回転率 \ 粗利率

  • 薄利多売の商品: 粗利は低いが、回転率が高ければ交差比率は高くなる(キャッシュを回してくれる優秀な商品)。
  • 高付加価値の商品: 回転率は低いが、粗利が高ければOK。
  • 問題児: 粗利も低く、回転もしない商品。これが資金繰りを圧迫する原因です。即刻処分の対象となります。

キャッシュを生む在庫管理、3つのステップ

では、具体的にどうすればいいのか。私がコンサルティングの現場で行う手順は、常に以下の3ステップです。

Step1:入りの管理

まず、蛇口を締めます。
在庫過多の原因の8割は「過剰な仕入れ」にあります。

  • 「ボリュームディスカウント」の罠:
    現場担当者は「まとめて1,000個発注すれば単価が5%下がります!」と稟議を上げてきます。しかし、その在庫を売り切るのに1年かかるなら、保管コスト・金利・陳腐化リスクで5%以上の損失が出ます。
    「今の資金繰りで、その在庫を持つ体力があるか?」という視点で、社長かCFOが発注にブレーキをかける仕組みを作ってください。

Step2:滞留在庫の処分

ここが最も心理的ハードルが高い工程です。
1年以上動いていない在庫(滞留在庫、デッドストック)を処分します。

ある輸入雑貨商社(年商3億円)の事例ですが、倉庫の奥に「いつか売れるかもしれない」と3年前の商品が山積みになっていました。社長は「仕入値で1,000万円分あるから、捨てられない」と仰いました。

私はこう申し上げました。

「社長、それは資産ではなく、毎月倉庫代を食いつぶす負債です。捨てれば節税になり、キャッシュが増えます」

  • 廃棄損の計上: 在庫を廃棄すれば、その分は「損失」として計上でき、法人税を減らせます。
  • 評価損の計上: 物理的に捨てなくても、季節外れや型落ちで「定価では売れない」ことが明らかな場合、評価額を下げることで損金計上できる場合があります(※税理士との相談が必須)。

「もったいない」という感情を捨て、キャッシュフロー(現金)を優先してください。

Step3:適正在庫の維持、ABC分析

在庫をランク分けします。

  • Aランク(主力): 売上の70%を作る商品。絶対に欠品させてはいけない。
  • Bランク(準主力): 売上の20%を作る商品。
  • Cランク(死に筋): 売上の10%しか作らない商品。

多くの中小企業では、Cランクの商品数が全体の50%以上を占めています。このCランクを徹底的に減らし、Aランクに資金を集中させることが、資金繰り良化の近道です。


「欠品が怖い」という経営者へ

在庫を減らそうとすると、営業部門から猛反発を受けます。
「在庫がないと、お客様を逃してしまう(機会損失)」という主張です。

確かに欠品は怖いです。
しかし、「倒産」はもっと怖いはずです。

在庫を持つことには「コスト」がかかります。

  • 金利コスト: 在庫を買うために借りたお金の利息
  • 保管コスト: 倉庫代、保険料、管理する人の人件費
  • 陳腐化コスト: 流行が過ぎて価値が下がるリスク

「機会損失」と「在庫保有コスト」を天秤にかけたとき、中小企業が優先すべきは「資金の安全性」です。

全てのお客様の要望に即納で応えようとすれば、資金はいくらあっても足りません。「待っていただけない注文は、勇気を持って断る(あるいは納期交渉する)」ことも、重要な経営判断です。


エクセル管理からの卒業

もし今、在庫管理を「担当者の勘」や「手入力のエクセル」で行っているなら、システム化を検討すべきタイミングです。

年商数億円を超えると、エクセルでの管理は限界を迎えます。入力ミス、タイムラグ、ファイル破損……これらは正確な経営判断を阻害します。

最近のクラウド在庫管理システムは、月額数万円から導入可能です。

導入の最大のメリットは、銀行交渉に強くなることです。「どの商品が、どれくらい滞留しているか」をリアルタイムで把握し、説明できる経営者を、銀行は高く評価します。「管理能力が高い=貸した金を返せる会社」と見なされるからです。


よくある質問(FAQ)

Q. 決算直前に在庫を減らすと、利益が減って銀行の印象が悪くなりませんか?

A. ケースバイケースですが、長期在庫の処分による一時的な赤字は、説明可能です。

むしろ、架空の在庫(実態のない資産)を計上して粉飾決算をするほうがよほど危険です。
銀行はプロですので、回転していない不良在庫が資産に計上されていることを見抜きます。「膿を出し切って、来期から健全化する」という説明とともに、不良在庫を処理しキャッシュを確保する姿勢は、長期的には信用に繋がります。

Q. 廃棄以外に在庫を減らす方法はありますか?

A. あります。

社員販売、福袋としてのセット販売、買取業者への一括売却などがあります。「1円でも現金に変える」という執念が必要です。また、見切り販売(セール)をする際は、「赤字でも、現金化して資金を回すほうが、銀行から借りるよりマシ」という判断基準を持ってください。


まとめ:在庫管理は「守り」ではなく「攻め」の財務戦略

「在庫管理」というと、倉庫の整理整頓のような地味な作業に思えるかもしれません。

しかし、ここまでお読みいただいた社長ならお分かりの通り、これは「財務戦略」そのものです。

  • 倉庫に眠る1,000万円の在庫を現金化することは、売上を増やして1,000万円の現金を残すよりも、はるかに簡単で、確実で、即効性があります。

在庫を適正化し、キャッシュフローが良くなれば、銀行に頭を下げる回数は減ります。その資金で、攻めの投資ができるようになります。

もし、「自社の適正在庫がわからない」「どの在庫から手を付けていいかわからない」とお悩みであれば、一度専門家の目を入れることをお勧めします。
第三者の視点が入ることで、社内のしがらみや「聖域」にメスを入れることが可能になります。

まずは、貴社の倉庫を見渡してみてください。

そこにあるのは「資産」ですか? それとも、現金の流れを止める「血栓」でしょうか?