『資金繰り表作成&活用マニュアル』

「今月も売上は立っているし、P/L(損益計算書)上は利益も出ている。なのに、なぜか手元の現金が足りない…」

これは、私が長年資金繰り改善のご支援してきた中で、多くの経営者様から伺う切実な悩みです。
その悩み、「在庫回転率」の低さが原因かもしれません。

倉庫に眠る在庫は、会計上は「資産」ですが、それ自体が社員の給与や仕入代金になるわけではありません。在庫は「売れて、現金として回収」されて初めて、会社の血流であるキャッシュとなります。

本記事では、在庫回転率が資金繰りに与える致命的な影響と、手元のキャッシュフローを劇的に改善する7つの実践策を、多くの企業再生に立ち会ってきた専門家の視点から徹底解説します。


在庫回転率と資金繰り|なぜ「在庫=現金不足」になるのか?

「在庫も資産のうち」と考える経営者様は多いですが、資金繰りの観点では、その考え方が危険を招くことがあります。

結論:在庫回転率が低いと「キャッシュが在庫に寝る」から

在庫回転率が低い(=在庫がなかなか売れない)ということは、
仕入時に支払った「現預金」が、長期間「在庫」というモノに姿を変えたまま倉庫に寝ている状態を意味します。

その間も、仕入代金、人件費、家賃などの支払日は待ってくれません。これらがすべて「現預金」で出ていくため、「売上(利益)はあるのに、現預金がない」という状況に陥るのです。

儲かっているのに黒字倒産?利益とキャッシュフローの違い

P/L(損益計算書)上の「利益」と、手元にある「現預金(キャッシュフロー)」は一致しません。特に在庫を持つビジネスでは、このズレが致命傷になります。

ビジネスの現金の流れは以下の通りです。

  1. 現預金の支出(仕入): 商品を仕入れるために、仕入先に現預金を支払う。(または買掛金が発生)
  2. 在庫(資産): 仕入れた商品が倉庫にある状態。P/L上はまだ費用(売上原価)ではない。
  3. 売上(利益): 商品が売れる。P/Lに「売上」が計上される。
  4. 現預金の収入(回収): 販売代金が現預金として入金される。(または売掛金が発生)

資金繰りが悪化するのは、1.の支出から 4.の収入までの期間が長い場合です。そして、その期間を構成する最大の要因が、2.の在庫期間なのです。

重要指標「CCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル)」で見る関係性

この「現金が出ていってから入ってくるまでの期間」を測る、経営上非常に重要な指標がCCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル)です。

  • 計算式: CCC = 売上債権回転日数 + 棚卸資産(在庫)回転日数 – 仕入債務回転日数
  • 各要素の意味:
    • 売上債権回転日数: 商品が売れてから代金が回収されるまでの日数(期間)
    • 棚卸資産回転日数: 商品や原材料が倉庫に保管されてから販売されるまでの日数(期間)
    • 仕入債務回転日数: 原材料などを仕入れてから代金を支払うまでの日数(期間)

簡単に言えば、「商品を仕入れてから、その代金が現金として戻ってくるまでの日数」を示します。当然、この日数は短ければ短いほど、資金繰りは楽になります。

ご覧の通り、計算式の中に「在庫回転期間」があります。在庫が倉庫に寝ている期間が1日延びるごとに、CCCも1日延び、会社の資金繰りを圧迫するのです。


在庫回転率の基礎知識と計算方法

では、自社の状況を把握するために、在庫回転率の計算方法を学びましょう。

在庫回転率とは?

在庫回転率(単位:回)とは、「一定期間(通常1年)に、在庫が何回入れ替わったか(売れたか)」を示す指標です。

  • 回転率が12回 → 在庫が平均して月1回(=約30日)で売れている
  • 回転率が4回 → 在庫が平均して3ヶ月に1回(=約90日)で売れている

当然、回転率が高いほど、効率よく在庫が現金化されている証拠です。

在庫回転率の計算方法(金額ベース・数量ベース)

最も一般的に使われるのは、金額(原価)ベースの計算式です。

在庫回転率(回) = 年間売上原価 ÷ 平均在庫金額

【計算のポイント】

  • 「売上高」ではなく「売上原価」を使う理由:
    売上高には粗利(マージン)が含まれています。一方、在庫は「原価(仕入値)」で評価されるため、比較対象を揃えるために売上原価(=売れた商品の原価)を使います。
  • 「平均在庫金額」の出し方:
    期末の在庫額だけではブレが大きいため、通常は「(期首在庫金額 + 期末在庫金額) ÷ 2」を使います。より厳密には月次の平均(12ヶ月分の在庫額の平均)を使うと精度が上がります。

(補足) 現場レベルでは、製品の個数で見る「数量在庫回転率 = 年間出庫数量 ÷ 平均在庫数量」も使われます。

在庫回転期間(日数)の計算方法

「何回転したか?」よりも、「何日で売れたか?」の方が直感的に分かりやすい場合もあります。これが在庫回転期間です。

在庫回転期間(日) = 365日 ÷ 在庫回転率 (または、棚卸資産 ÷ (売上原価 ÷ 365)

例えば、在庫回転率が10回なら、回転期間は「365 ÷ 10 = 36.5日」です。仕入れた在庫が約36.5日で現金化されている、と読み取れます。

【実践】計算例で見るA社とB社の資金繰り比較

ここで、私が過去にコンサルティングした、ある地方都市の建材卸売業のA社とB社(※社名・業種は一部変更)の例をご紹介します。2社は年間売上原価がほぼ同じでした。

【A社(資金繰り優良)】

  • 年間売上原価: 1億2,000万円
  • 平均在庫金額: 1,000万円
  • 在庫回転率: 12回(1億2000万 ÷ 1000万)
  • 在庫回転期間: 30.4日(365 ÷ 12)

【B社(資金繰り悪化)】

  • 年間売上原価: 1億2,000万円
  • 平均在庫金額: 3,000万円
  • 在庫回転率: 4回(1億2000万 ÷ 3000万)
  • 在庫回転期間: 91.3日(365 ÷ 4)

B社はA社に比べ、常に2,000万円(3,000万 – 1,000万)も多くの現金を在庫として寝かせていることになります。

もし、この2,000万円を銀行からの借入で賄っていたらどうでしょうか?金利2%でも年間40万円の利息負担が発生します。B社の経営者は「在庫は資産だ」と仰っていましたが、実態は「金利を生む負債」に近い状態だったのです。


在庫回転率が低い(悪い)場合のデメリット

在庫回転率が低い状態を放置すると、B社のように目に見えないコストが蓄積し、経営を圧迫します。

  • 1. 資金繰りの悪化(運転資金の固定化)
    これが最大のデメリットです。在庫に寝ている現金が増えるほど、仕入や経費の支払いのために新たな借入が必要になり、資金繰りが自転車操業に陥ります。
  • 2. 保管コストの増加
    在庫が多いほど、広い倉庫スペースが必要です。倉庫代(賃料、光熱費)、管理のための人件費、火災保険料など、目に見えるコストが増大します。
  • 3. 在庫の劣化・陳腐化(商品価値の低下)
    アパレルなら流行遅れ、食品なら賞味期限切れ、工業製品ならサビや型落ち。長く持つほど在庫の価値は下がり、最悪の場合は廃棄(=仕入代金の全額損失)となります。
  • 4. 銀行評価の悪化
    財務コンサルタントの視点から言わせていただくと、金融機関はここを厳しく見ます。決算書の在庫が長期間変動していない、または増加傾向にあると、「不良在庫が多い=経営管理が甘い」と判断され、融資審査でマイナス評価を受ける可能性が非常に高くなります。

在庫回転率が高い(良い)場合のメリットと注意点

メリット:キャッシュフローの改善とコスト削減

上記のデメリットの裏返しです。

  • 在庫に寝る現金が減り、手元のキャッシュフローが潤沢になる
  • 保管コストや廃棄ロスが削減され、P/L上の利益率も改善する
  • 借入金への依存が減り、財務体質が強固になる

注意点:高すぎると「欠品・機会損失」のリスクも

「それなら、在庫回転率は高ければ高いほど良いのか?」というと、そう単純でもありません。

回転率を追求するあまり、在庫を極端に減らしすぎると、急な大口注文やメディアでの紹介などで需要が跳ね上がった際に「欠品」を起こしてしまいます。

これは、本来得られるはずだった売上を逃す「機会損失」になります。

特に、売れ筋商品(ABC分析のAランク品)の欠品は、顧客の信頼を一瞬で失う致命傷になりかねません。「あの店はいつも品切れだ」というレッテルは、取り返すのが非常に困難です。

目指すべきは、高すぎる回転率ではなく、「欠品を最小限に抑えつつ、キャッシュフローを最大化する=適正在庫」の維持です。


【業種別】在庫回転率の目安は?

「適正在庫」と言っても、その水準は業種やビジネスモデルによって全く異なります。

私がご支援してきた感覚的な目安、および公的な統計データ(※経済産業省『企業活動基本調査』など)を参考にすると、業種別の在庫回転期間(日数)の目安は以下のようになります。

【業種別】在庫回転期間(日数)の目安(※あくまで一例)

  • 小売業(スーパー、コンビニなど): 約10日~20日 (食品など日配品が多く、回転は非常に速い)
  • アパレル業: 約60日~120日 (季節性が高く、シーズンオフの在庫(不良在庫)が発生しやすい)
  • 卸売業: 約30日~50日 (業態によるが、小売と製造の中間)
  • 製造業(機械・部品など): 約50日~90日 (材料在庫、仕掛品在庫、製品在庫と、在庫の段階が多くリードタイムが長いため)

重要なのは、これらの平均値と比べることよりも、「自社の過去のトレンドと比較して、悪化していないか?」を定点観測することです。


資金繰りを改善する!在庫回転率の具体的な改善策7選

資金繰りを改善するために、明日から取り組むべき具体的な改善策を7つご紹介します。

1. 在庫の「見える化」とABC分析

まず在庫について知ることです。自社に「いつ、何が、いくつあるか」を即答できなければ、改善は始まりません。 その上で、売上高や利益貢献度で在庫をA・B・Cの3ランクに分ける「ABC分析」を行います。これはパレートの法則(80:20の法則)で、「Aランク(上位2割)の商品が、売上の8割を生んでいる」ことを可視化する手法です。

  • Aランク品: 絶対に欠品させない(最重要管理)
  • Bランク品: 適度に管理
  • Cランク品: 極力在庫を持たない、またはSKU(品目)削減を検討

2. 需要予測の精度を上げる

多くの企業が「勘と経験」で発注しています。過去の販売データ、季節変動、天候、競合の動きなどを分析し、「なぜ売れたか」「次はいつ売れるか」の予測精度を上げることが、過剰在庫を防ぐ第一歩です。近年は安価なSaaSツールも活用できます。

3. 安全在庫・発注点・リードタイムの最適化

「欠品が怖いから多めに持つ」という発想を捨てます。

  • 安全在庫: 「これだけは最低限持つ」という量をデータに基づき決定する。
  • 発注点: 在庫が「何個になったら発注するか」というルールを決める。
  • リードタイム: 発注してから納品されるまでの期間。これが短いほど、持つべき在庫は減らせます。

4. 不良在庫・滞留在庫の速やかな処分

ABC分析で明らかになったCランク品や、長期間動いていない「滞留在庫」は、勇気を持って処分します。 私がよく申し上げるのは、「『いつか売れる』は幻想です」ということ。半値でも、赤字でも、売って現金化する「損切り」の決断が必要です。その現金で、売れるAランク品を仕入れた方が、よほど資金繰りは改善します。

5. 5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)の徹底

これは精神論ではありません。倉庫が乱雑だと、在庫を探す時間が無駄になり、どこに古い在庫があるか分からず、二重発注の原因にもなります。5Sの徹底は、在庫管理の精度を上げるための「経営技術」です。

6. 仕入先・発注プロセスの見直し

リードタイムが長い、または大ロットでしか買えない仕入先は、資金繰りを圧迫します。「小ロット・短納期」で対応してくれる仕入先を開拓・交渉することも重要です。

7. CCCの短縮(在庫以外の視点)

在庫回転期間の短縮と同時に、CCCの他の要素にも着手します。

  • 売上債権回転期間を短くする: 売掛金の回収サイトを短縮交渉する、入金遅れに厳しく対応する。
  • 仕入債務回転期間を長くする: 買掛金の支払サイトを延長交渉する。(※ただし、これは自社の資金繰りを良くする代わりに、相手先の資金繰りを圧迫するため、関係性悪化に注意が必要です)

在庫管理と資金繰りの改善は専門家にご相談を

ここまで7つの改善策を挙げましたが、 「自社だけではABC分析のやり方が分からない」 「需要予測のデータ活用が難しい」 「不良在庫処分のルールが作れず、情に流されてしまう」 というお声も多く伺います。

在庫の適正化は、経理、営業、仕入、現場(倉庫)など、全社を巻き込むプロジェクトであり、部門間の利害対立が起こりやすい領域でもあります。

自社での改善に行き詰まりを感じた時は、私たちのような「客観的な視点」を持つ外部の専門家にご相談ください。財務と現場の両方から御社の課題を抽出し、キャッシュフロー改善の最短ルートをご提案します。

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まとめ

本記事では、在庫回転率が資金繰りに与える影響と、その改善策について解説しました。

  • 在庫回転率が低いと、現金が在庫に寝てしまい、黒字でも現金不足(黒字倒産リスク)に陥る。
  • 重要な経営指標「CCC」の短縮には、在庫回転期間の短縮が不可欠である。
  • 自社の回転率(期間)を計算し、「適正在庫」の水準を把握することが第一歩。
  • 在庫回転率が低いと、コスト増、商品劣化、銀行評価悪化などデメリットが多い。
  • 改善策は「①見える化・ABC分析」「②需要予測」「③発注点最適化」「④不良在庫処分」「⑤5S」「⑥仕入先見直し」「⑦CCC短縮」の7つ。

在庫は、持ちすぎれば資金繰りを圧迫し、少なすぎれば機会損失を生む、経営の「諸刃の剣」です。

この記事が、御社のキャッシュフローを改善し、より強固な財務体質を築くための一助となれば幸いです。


在庫回転率と資金繰りに関するFAQ(よくある質問)

Q1. 在庫回転率の計算方法を教えてください。
A1. 金額ベースでは「年間売上原価 ÷ 平均在庫金額」で計算します。例えば、年間売上原価が1億円、平均在庫が1000万円なら、在庫回転率は10回となります。

Q2. 在庫回転率の目安はどれくらいですか?
A2. 業種によって大きく異なります。例えば、小売業(食品スーパーなど)は高く、製造業(受注生産など)は低くなる傾向があります。平均値よりも、自社の過去の推移や、同業他社の動向と比較することが重要です。

Q3. 在庫回転率が低いと、なぜ資金繰りが悪化するのですか?
A3. 在庫(商品)は、仕入れた時点では「現金支出」であり、売れて入金されるまで「現金収入」になりません。在庫回転率が低いとは、この「現金化」までの期間が長いことを意味します。そのため、手元の現金が減り、運転資金を圧迫し、資金繰りが悪化します。

Q4. 在庫を減らす(在庫回転率を上げる)と、どんなメリットがありますか?
A4. 最大のメリットは、在庫に寝ていた現金が手元に戻り、キャッシュフローが改善することです。また、倉庫代や管理の人件費といった保管コストの削減、商品の劣化による廃棄ロスの削減にも繋がります。

Q5. 在庫回転率を上げるには、まず何をすべきですか?
A5. まずは「在庫の見える化」です。自社に「いつ、何が、どれだけあるか」を正確に把握することから始まります。次に、ABC分析などで「売れ筋商品」と「死に筋商品」を特定し、死に筋商品の処分や発注量の見直しを行います。