
【監修者プロフィール】
合同会社スタイルマネジメント 佐藤恵介
経済産業省 認定経営革新等支援機関
『資金繰り表作成&活用マニュアル』マネジメント社 2025年11月 共同著者
資金繰り改善、銀行対応(資金調達)、経営計画書作成、売上・利益改善などと支援する財務コンサルタント

『資金繰り表作成&活用マニュアル』
2025年11月 マネジメント社より共同出版
Amazonにて発売中
はじめに:なぜ、毎月20日に「予実」を見る必要があるのか
「今月の売上は目標に届いたか?」
経営者であれば、毎日のように気にされていることでしょう。しかし、本当の意味で会社の命運を分けるのは、その結果を検証するタイミングと深さです。
多くの堅実な小規模事業者、中小・中堅企業では、毎月15日〜20日頃がひとつのタイミングとなります。
税理士や経理部門による前月の「月次決算」が締まり、試算表(実績)が上がってくるのがこの時期だからです。
このタイミングで、単に「黒字だった、赤字だった」と一喜一憂して終わっていませんか?
それでは「予実管理」とは言えません。
予実管理の本質は、試算表という「過去の通知表」を使って、「未来の資金」を守るためのアクションを決めることにあります。
本記事では、長年多くの企業の財務改善に携わってきた経験をもとに、今でも現場で実際に実践している、教科書的な理論ではなく、毎月20日の会議室で実際に行われるべき「実戦的な予実管理」について解説します。
予実管理(よじつかんり)とは? 損益と資金の両輪を見る重要性
予実管理とは、期初に立てた「予算(予定)」と、実際の企業活動の結果である「実績」を比較し、その差異の原因を分析して次の経営行動に活かすマネジメント手法です。
しかし、現場で指導をしていると、多くの企業が「損益(P/L)」の予実しか見ていないという危険な状況に直面します。
「利益」が出ていても会社は潰れる
「今月は売上予算を110%達成しました!営業利益も計画以上です!」
営業会議でこのような報告があった翌月、経理部長が青ざめた顔で「社長、資金が足りません」と報告に来る――。これはドラマの話ではなく、実際によくある「黒字倒産」の予兆です。
予実管理には必ず下記の2つの視点が必要です。
- 損益(P/L)の予実: 会社が儲かっているか?(収益性)
- 資金(B/S・C/F)の予実: お金は回っているか?(安全性)
特に重要なのが2つ目の「資金」です。
売上が上がれば、仕入れや外注費の支払いも増えます。入金サイトと支払サイトのズレによって、帳簿上は儲かっているのに現預金が枯渇する。このリスクを毎月チェックし、潰すことこそが予実管理の真の目的です。
【実務フロー】毎月20日が目安。標準的な予実管理スケジュール
効果的な予実管理を行っている企業には、共通する月次ルーティンがあります。皆様の会社のスケジュールと照らし合わせてみてください。
Step1.実績確定(毎月1日〜15日・20日頃)
月が明けると、経理部門は戦争です。請求書の回収、未払金の計上、現預金の照合。
これらを税理士へ渡し、会計ソフトに入力し終えるのが、一般的に翌月の15日から20日頃になります。 ここで出来上がるのが「試算表(実績値)」です。
Step2. 予実対比・分析(毎月20日〜25日)
試算表が出た瞬間が、予実管理のスタートです。 ここで重要なのは「スピード」です。20日に数字が出ているのに、分析資料を作るのに1週間かけて月末になってしまっては、対策を打つ時間がありません。
- 計画値に対して、売上の実績はどうか?
- 経費は使いすぎていないか?
- 【最重要】予定していた「入金」はあったか? 資金残高は計画通りか?
これらを即座に比較表に落とし込みます。
Step3.予実会議・アクション策定(毎月25日〜月末)
分析結果をもとに、経営陣と部門長が集まり「これからどうするか」を議論します。
「なぜ未達なんだ」と社員を詰め寄る場ではありません。
「来月の着地を合わせるために、今から広告費を削るか、それとも営業を強化するか」という未来の調整を行う場であり、
「なぜ計画値に達したのか?」うまくいったときでもその理由を明確にして、
「なぜ計画値に達しなかったのか?」うまくいかなかった時にはなぜうまくいかなかったのか、その原因を特定し、次回がうまくいくように対策を立てる、場となります。
ここで、経営者の皆様、上司の皆様にお伝えしたいのが、
計画値に達しなかった、あるいは行動できてなかった社員を叱責しない、ことです。大勢がいる会議の場で叱責すると、それはいわゆる”公開処刑”になってしまい、さらにモチベーションが上がらない思考に陥ってしまいます。
「叱るなら1対1で、褒めるなら大勢の前で」を必ず意識するようにしてください。
プロが教える「差異分析」の深掘り方
単に「差額が◯◯万円でした」という報告は、分析ではありません。ここでは、私がコンサルティングの現場で実際に行っている分析の視点をご紹介します。
1.損益(P/L)の差異分析:因数分解がカギ
売上が予算未達の場合、理由を曖昧にしてはいけません。
- 単価要因: 値引きをしすぎたのか? 商品ミックスが悪かったのか?
- 数量要因: 客数が減ったのか? 購入頻度が落ちたのか?新規が減ったのか?既存が減ったのか?
例えば、ある製造業のクライアント様(A社)の事例です。 売上未達の原因を分析したところ、客数は予算通りでしたが、現場判断による小口の「端数勉強(値引き)」が常態化しており、それが積み重なって利益を圧迫していました。 この場合、対策は「集客」ではなく「見積もり承認フローの厳格化」になります。原因を分解しなければ、正しい薬は処方できません。
2.資金繰り(C/F)の差異分析:生存に関わるチェック
試算表の利益と、手元の通帳残高が合わない。この「ズレ」こそが見るべきポイントです。
- 売掛金の回収漏れ: 「売上はずっと好調なのに資金が苦しい」と相談に来られたB社様。予実を始めてみると、特定の取引先からの入金が数ヶ月遅れていることが発覚しました。営業担当者が「催促すると関係が悪くなる」と報告していなかったのです。
- 季節変動と納税・賞与: 毎月定額の予算を組んでいると、消費税の納付月や賞与月に大きく実績乖離します。資金繰り計画においては、これらの「大型出費」がいつ発生するかを年間のカレンダーに落とし込み、そのための積立が計画通りできているかを確認します。
予実管理が「うまくいかない」3つの落とし穴
せっかく毎月会議をしているのに、業績が改善しない。そんな時は以下の落とし穴にはまっていないか確認してください。
1.「結果」を見るのが遅すぎる(タイムラグ問題)
20日に試算表が出てからアクションを考えていると、実行は翌月になります。つまり、実質1ヶ月遅れの対応になってしまうのです。 成長企業では、会計システム上の数値が確定する前に、営業管理システム(SFA)や販売管理システムの速報値を使って、月の半ば(15日時点)で一度着地見込み(フォーキャスト)を確認しています。「20日まで待たない」工夫も時には必要です。
2.エクセル管理の限界(「集計」で力尽きる)
「予実管理を始めよう」と思い立ち、意気揚々と複雑なExcelを作り込む。しかし、半年もすると誰も更新しなくなる……。非常によくあるケースです。 入力ミス、計算式の破損、バージョンの先祖返り。これらを修正することに経理担当者が疲弊し、肝心の「分析」に手が回りません。 従業員数が数名ならExcelで十分ですが、部門が分かれ、取引数が増えてきたら、会計ソフトと連動する予実管理システムの導入を検討すべきタイミングです。
3.行動目標(KPI)に落ちていない
「来月は売上予算必達で頑張ろう!」という精神論で会議が終わっていませんか? 予実差異を埋めるためには、財務数値(KGI)を行動数値(KPI)に変換する必要があります。
- 売上100万円足りない
- → 平均単価5万円だから、あと20件の受注が必要
- → 成約率が10%だから、あと200件のアプローチが必要
- → 「明日から1人1日10件の架電を追加しよう」
ここまで落とし込んで初めて、予実管理は機能します。
ケーススタディ:予実管理が会社を救った事例
ある卸売業(C社様)の事例をご紹介します。
C社様は創業以来、”どんぶり勘定”で経営されていましたが、売上が急拡大する中で「資金繰りの不安」を感じ、予実管理を導入されました。
導入後3ヶ月目の「20日の会議」でのことです。 損益上は大幅な黒字予算でしたが、資金繰り実績を見ると、仕入先への支払いが先行し、現預金が危険水域に達する予測が出ました。
原因は、大口案件の受注に伴う「在庫の先行確保」でした。 C社長はすぐに銀行へこの資料(試算表と資金繰り予定表)を持参し、短期の運転資金を調達。もし予実を見ていなければ、黒字のまま支払不能に陥り、信用を失っていたかもしれません。 「あの時の20日の会議がなければ、今頃会社はなかった」と社長はおっしゃっています。
まとめ:毎月20日を「会社の健康診断日」に
予実管理は、決して経理担当者だけのものでも、経営者だけのものでもありません。 毎月15日〜20日にあがってくる試算表という「事実」を直視し、損益と資金の両面から会社の健康状態をチェックする。そして、ズレがあれば即座に治療(アクション)を行う。
このサイクルを回せるようになれば、会社は驚くほど筋肉質で、不況にも強い体質へと変わります。 まずは来月の20日、お手元の試算表と予算を並べてみることから始めてみてはいかがでしょうか。
よくある質問(FAQ)
Q. 予実管理はどのくらいの頻度で行うべきですか? A. 基本は月次です。毎月の試算表が完成するタイミング(15日〜20日頃)で必ず確認しましょう。ただし、資金繰りが厳しい時期や急成長期は、週次や日次での資金管理が必要になる場合もあります。
Q. 予算と実績の乖離(差異)はどの程度まで許容されますか? A. 業種にもよりますが、一般的には±5〜10%の範囲内であれば精度の高い予算と言えます。重要なのは乖離の大きさそのものよりも、「なぜ乖離したか」の原因が説明できるかどうかです。
Q. 専門のシステムを入れるべきですか? A. まずはExcelやスプレッドシートで構いません。しかし、手作業での集計に毎月数日かかっている場合や、部門別の管理が必要になった段階で、クラウド会計や予実管理ツールの導入を検討すると良いでしょう。コスト以上の「時間」と「精度」が得られます。