『資金繰り表作成&活用マニュアル』

「今期も黒字だった。利益も出ている。それなのに、なぜか手元の現金が減っていて資金繰りが苦しい……」

企業の経営者や経理担当者の方から、このようなご相談をいただくことは少なくありません。
これは、損益計算書(PL)上の「利益」と、実際に手元にある「現金(キャッシュ)」のズレを正しく把握できていないことが原因です。

この“ズレ”を正確に把握し、「企業が本当に自由に使えるお金」を示す重要な経営指標が、今回解説するフリーキャッシュフロー(FCF)です。

フリーキャッシュフローがなぜ重要なのか、簡単な計算式から専門家が使う詳細な計算方法、そしてFCFがマイナスになった際の具体的な改善策まで、資金繰りのプロがわかりやすく解説します。

フリーキャッシュフロー(FCF)とは「企業が自由に使えるお金」

フリーキャッシュフロー(Free Cash Flow、FCF)とは、その名の通り、企業が「自由に使える現金」がいくらあるかを示す指標です。

具体的には、
「①企業が本業で稼いだ現金(営業キャッシュフロー)」から、「②事業を維持・成長させるために最低限必要な投資(設備投資など)」を差し引いた、残りの現金を指します。

このFCFが、企業の「安全性」と「成長性」を測る上で非常に重要視されます。

  • なぜ重要か?(安全性・成長性)
    • FCFが潤沢(プラス)であれば、そのお金を「借入金の返済」や「株主への配当」、「さらなる成長投資(新規事業やM&A)」に自由に使うことができます。
    • 逆にFCFが枯渇(マイナス)していれば、自由に使えるお金がないため、銀行からの借入や資産売却に頼らざるを得ず、経営の自由度が失われます。

FCFと「黒字倒産」の恐ろしい関係

FCFが重視される最大の理由は、「黒字倒産」のリスクを可視化できる点にあります。

黒字倒産とは、損益計算書(PL)上は利益が出ている(黒字)にもかかわらず、手元の現金が尽きてしまい倒産することです。

【コンサル事例】なぜ黒字なのに倒産?(中堅卸売業A社の例)

私が以前サポートした中堅の卸売業A社は、大口の契約が決まり、その期のPLは過去最高益を達成する見込みでした。しかし、その経営者は青い顔で相談に来られました。

理由は、その大口契約の「支払いサイト(売掛金の回収)」が契約から4ヶ月後だったのです。一方で、仕入れ先への支払いは翌月末。つまり、売上(利益)は立っているが、現金が入ってくるのはずっと先。それなのに、仕入れ代金や人件費、家賃の支払いが先にやってきて、手元の現金がショート寸前でした。

これが典型的な黒字倒産の危機です。FCFを計算していれば、この「運転資本の悪化(売掛金の増加)」により、現金が急激に減っていることが事前に察知できたはずです。

利益(PL)だけを見て安心するのではなく、FCF(現金)を見て経営の安全性を判断することが不可欠です。

FCFを理解する前提:キャッシュフロー計算書の3つの区分

フリーキャッシュフロー(FCF)は、「キャッシュフロー計算書(C/F)」という決算書(財務三表の一つ)の数値を使って計算します。

キャッシュフロー計算書は、企業のお金の流れを以下の3つの活動に分けて表示します。

  1. 営業キャッシュフロー(営業CF)
    • 本業の稼ぎ(商品の販売、サービスの提供)で得た現金。
    • ここがマイナスの場合、本業で現金を生み出せていない危険な状態です。通常、プラスであることが求められます。
  2. 投資キャッシュフロー(投資CF)
    • 事業の維持・成長のための投資(設備投資、工場の建設、有価証券の購入)や、資産売却による現金の出入り。
    • 成長のための投資を行うため、通常はマイナスになることが多いです。
  3. 財務キャッシュフロー(財務CF)
    • 資金調達や返済(銀行からの借入・返済、株式の発行)による現金の出入り。
    • FCFがマイナスでも、財務CF(借入)でプラスのお金が入ってくれば、会社は倒産しません。しかし、これは「自力で稼いだお金」ではなく、「他人から借りたお金」です。

FCFは、このうち「1. 営業CF」と「2. 投資CF」を使って計算します。

フリーキャッシュフローの計算方法【簡易版と詳細版】

FCFの計算方法には、概要を掴むための「簡易版」と、より正確に実態を把握するための「詳細版」があります。

まずは理解する「簡易的」な計算式

最も一般的な簡易計算式は以下の通りです。

フリーキャッシュフロー = 営業キャッシュフロー + 投資キャッシュフロー

「え? 投資CFを『足す』の?」と疑問に思うかもしれません。 前述の通り、「投資キャッシュフロー(投資CF)」は、設備投資などで支出(マイナス)になることが一般的です。

例えば、営業CFが +1,000万円、投資CFが -700万円(設備投資)だった場合、 FCF = 1,000万円 + ( -700万円 ) = 300万円 となり、実質的には「本業の稼ぎ(営業CF)から投資(投資CF)を引いた残り」を計算しています。

正確に把握する「詳細」な計算式(プロの視点)

簡易版の計算式は、投資CFに「事業維持とは関係ない投資(例:余剰資金での株取引)」も含まれてしまう欠点があります。

より正確に「本業の稼ぎと、それに伴う投資」の実態を見るため、実務や企業分析のプロは以下の計算式を使います。

FCF = 税引後営業利益 + 減価償却費 - 設備投資額 ± 運転資本の増減額

難しく見えますが、一つずつ分解すれば簡単です。

  1. 税引後営業利益 (NOPAT)
    • 本業の利益(営業利益)から、それにかかる税金を引いたもの。スタート地点です。
  2. + 減価償却費
    • 最重要ポイントです。 減価償却費は、PL(損益計算書)では「費用」として利益から引かれますが、実際に現金が出ていくわけではない(会計上の費用)です。
    • 手元の現金を計算するFCFでは、「引かれすぎていた分を足し戻す」必要があります。
  3. - 設備投資額 (CAPEX)
    • 事業の維持・成長のために実際に使った現金支出(例:PC購入、機械の修繕)。
  4. ± 運転資本の増減額
    • ここも重要です。 運転資本とは「売掛金」「在庫(棚卸資産)」「買掛金」の差額です。
    • 売掛金・在庫が増えた場合(マイナス要因): 商品が「売掛金(未回収のお金)」や「在庫(倉庫の商品)」に化けている状態。現金が減るのでFCFからはマイナスします。
    • 買掛金が増えた場合(プラス要因): 仕入れ代金の「支払い(買掛金)」を待ってもらっている状態。手元の現金が温存されているのでFCFにはプラスします。

【シミュレーション】A社のFCFを計算してみる

(例:都内でWEB制作を行うB社の簡易決算)

  • 営業CF: 500万円
  • 投資CF: -800万円(うち設備投資 300万円、スタートアップC社への出資 500万円)

【簡易版で計算すると…】 FCF = 500万円 + (-800万円) = -300万円 → この会社はFCFがマイナス300万円、と見えます。

【詳細版(実態)で計算すると…】 B社は「事業維持に必要な投資(設備投資)」は300万円でした。C社への出資(500万円)は本業の維持とは別です。 簡易版の「営業CF 500万円」から逆算し、 FCF(実態) = 営業CF 500万円 - 事業維持に必要な設備投資 300万円 = 200万円 → このように、詳細に見ると「本業と、それを維持する投資」だけならFCFは200万円のプラスだったことがわかります。

簡易版のマイナスだけを見て「この会社は危ない」と判断するのは早計なのです。

フリーキャッシュフローが「プラス」の意味と健全な使い道

FCFがプラスであることは、**「企業が自力で稼いだお金で、事業維持の投資を賄えている」**ことを意味し、非常に健全な状態です。

このプラスになった「自由なお金」の使い道こそ、経営者の腕の見せ所です。

健全な使い道①:将来のための投資(M&A・新規事業)

本業とは別の、さらなる成長のための投資です。新しい技術を持つ会社を買収(M&A)したり、新規事業を立ち上げたりする原資になります。

健全な使い道②:財務体質の強化(借入金の返済)

銀行からの借入金を返済します。これにより利息の負担が減り、自己資本比率が高まるため、会社の財務はさらに安全になります。

健全な使い道③:株主への還元(配当・自社株買い)

株主へ配当金を支払ったり、自社株買い(市場の株を買い戻す)を行ったりします。これにより株主からの信頼が高まります。

フリーキャッシュフローが「マイナス」の意味と2つのパターン

FCFがマイナスの場合、手元に自由に使えるお金がないことを意味します。このマイナスは、必ずしも「悪い」とは限らず、**「良いマイナス」「悪いマイナス」**の2つのパターンがあります。

パターン1:危険なマイナス(営業CFが赤字)

最も危険な状態です。これは**「本業で現金を生み出せていない」**ことを意味します。本業が赤字で、さらに設備投資も行っているため、FCFは大きなマイナスになります。

早急な事業の見直し、コストカット、資金調達(財務CF)が必要な、待ったなしの状態です。

パターン2:健全な(可能性のある)マイナス(積極的な投資)

営業CFはしっかりプラス(本業は好調)だが、それを上回る大規模な投資(投資CF)を行っているケースです。

【コンサル事例】「健全なマイナス」とは?(飲食チェーンC社の例)

私が支援した飲食チェーンC社は、数年間FCFがずっとマイナスでした。しかし、その中身を見ると、営業CF(本業)は毎年しっかり黒字でした。

FCFがマイナスだった理由は、その営業CFをすべて「新規出店(設備投資)」に回していたからです。これは「成長のための積極投資」であり、この投資が将来、数倍の営業CFを生み出す計画(投資回収計画)がしっかり立てられていました。

このような「計画的なマイナス」は、企業の成長ステージ(特にスタートアップや成長期)ではよく見られます。

ただし、この「健全なマイナス」も、投資が計画通りに回収できなければ、一気に「危険なマイナス」に転じるリスクをはらんでいます。

FCFを分析する際の3つの注意点(プロの視点)

FCFの数値(プラスかマイナスか)だけを見て一喜一憂してはいけません。分析する際は以下の3点に注意してください。

注意点1:単年度ではなく最低3〜5年の推移で見る

たまたま今期に大型の設備投資が重なり、FCFが一時的にマイナスになることはよくあります。 重要なのは、そのマイナスが「一時的」なものか、「慢性的(毎年)」なものかを見極めることです。必ず複数年の推移で傾向を掴んでください。

注意点2:「利益(損益計算書)」とセットで見る

「利益は出ているのに、FCFがマイナス」のパターン(前述の黒字倒産の例)は非常に危険です。これは売掛金の回収遅れや、過剰な在庫(運転資本の悪化)を示唆しています。PLとCFは必ずセットで見ましょう。

注意点3:資産売却による一時的なプラスに注意

「本業(営業CF)は赤字なのに、FCFはプラス」という不思議なケースがあります。

【コンサル事例】見せかけのプラス(老舗メーカーD社の例)

業績不振が続いていた老舗メーカーD社が、ある年、FCFが急にプラスに転じました。しかし営業CFは赤字のまま。

中身を調べると、業績不振を補うために「本社ビル(遊休資産)を売却」していたのです。資産売却益は「投資CFのプラス」として計上されるため、簡易版FCF(営業CF + 投資CF)が見かけ上プラスになっていただけでした。

これは本業の稼ぎが改善したわけではなく、単なる延命措置に過ぎません。

フリーキャッシュフローを増やす・改善するための具体的施策

FCFが慢性的にマイナスであったり、もっとプラス幅を増やしたりしたい場合、打つ手は2つしかありません。 **「①営業CFを増やす(入るお金を増やす)」か、「②投資CFを最適化する(出るお金を減らす)」**です。

施策1:営業キャッシュフローを増やす(本業の改善)

1. 売上を増やす(本質的) これが王道ですが、時間がかかります。まずは既存のキャッシュフローを改善しましょう。

2. 売掛金の回収サイトを早める 「支払いを30日早めてほしい」という交渉は困難です。実務的には、「(例)10日早く入金してくれたら、請求額から1%割引します」といった早期入金インセンティブを提案する方が、キャッシュの回収を早められるケースがあります。

3. 在庫(棚卸資産)を圧縮する まずは倉庫に行き、「デッドストック(長期間動いていない在庫)」を洗い出してください。それらを赤字覚悟でも現金化(セール販売、廃棄)するだけで、保管コストが浮き、現金も手に入ります。 また、POSデータやSFA(営業支援)ツールを活用し、需要予測の精度を高め、過剰な仕入れを防ぐことも重要です。

4. 買掛金(仕入債務)の支払サイトを交渉する 「支払いを延ばしてほしい」と交渉するのは、相手との信頼関係を損なう可能性があり、最終手段です。まずは自社の経費削減(次の項目)から手をつけましょう。

5. 経費(固定費・変動費)を削減する 交際費、広告宣伝費、旅費交通費など、聖域なく見直します。

施策2:投資キャッシュフローを最適化する(支出の管理)

1. 不要不急な設備投資の見送り・延期 「まだ使えるPCの入れ替え」や「緊急性の低いシステムの導入」など、投資の優先順位(ROI)を見直します。

2. リースやレンタルの活用

【コンサル事例】高額な工作機械の導入(製造業E社の例)

新規事業のために高額な工作機械(数千万円)が必要になったE社。一括購入すれば、その年の投資CFは莫大なマイナスになります。

そこで、導入を「リース契約」に切り替えました。リースであれば、初期の現金支出は「0」になり、毎月のリース料(費用)として計上できます。これによりFCFの急激な悪化を防ぎ、資金繰りを安定させました。

3. 遊休資産の売却 使っていない社用車、古いPC、不要な土地や機械など、持っているだけでコスト(税金、維持費)がかかる資産は、積極的に売却して現金化します。

まとめ

フリーキャッシュフロー(FCF)は、企業が自由に使えるお金、すなわち**「企業の本当の実力」**を示す体力ゲージのようなものです。

  • FCFがプラスなら、安全に成長投資ができる健全な状態。
  • FCFがマイナスでも、それが「成長のための投資」なのか「本業不振」なのか、中身を見極めることが重要。

損益計算書(PL)の「利益」だけを見て一喜一憂する経営から脱却し、「フリーキャッシュフロー(現金)」に基づいた、より安全で持続的な経営判断(資金繰り)を行うことが、これからの時代を生き抜く鍵となります。


フリーキャッシュフローに関するよくある質問(FAQ)

Q1: フリーキャッシュフローと営業キャッシュフローの違いは何ですか? A1: 営業CFは「本業で稼いだ現金」そのものです。フリーキャッシュフロー(FCF)は、その営業CFから「事業を維持・成長させるための投資額(設備投資など)を引いた、残りの自由に使える現金」を指します。FCFは、営業CFよりもさらに一歩進んだ、企業の「最終的な余力」を示す指標です。

Q2: フリーキャッシュフローの計算式で、投資キャッシュフローを「足す」のはなぜですか? A2: 簡易計算式 FCF = 営業CF + 投資CF のことですね。これは、投資CFが通常、設備投資(支出)などで「マイナスの数値」になるためです。例えば、営業CFが100、投資CFが-70の場合、「100 + (-70) = 30」となり、実質的には引き算(100 – 70)を行っていることになります。

Q3: フリーキャッシュフローがマイナスなら、すぐに倒産しますか? A3: すぐには倒産しません。FCFがマイナスでも、銀行からの借入(財務CF)などで資金を調達できれば、会社は存続できます。また、マイナスの理由が「成長のための積極投資(健全なマイナス)」である場合もあります。ただし、営業CF自体がマイナス(本業が赤字)で、借入に頼り続けている状態は非常に危険なサインです。

Q4: FCFの目安はいくらですか? A4: 「いくらあれば安全」という絶対的な目安はありません。業界や企業の成長ステージ(成長期か成熟期か)によって大きく異なります。金額の多寡よりも、自社の「売上高に対してFCFが何%か(FCFマージン)」を見たり、「過去3〜5年の推移」を分析したり、「同業他社と比較」したりすることの方が重要です。

Q5: FCFはどこを見ればわかりますか? A5: 上場企業であれば、公開されている「キャッシュフロー計算書」の「営業キャッシュフロー」と「投資キャッシュフロー」の数値(簡易版)や、「有価証券報告書」の本文や注記(詳細版の計算要素)から計算できます。非上場企業の場合、自社でキャッシュフロー計算書を作成(会計ソフトの機能など)する必要があります。


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