
【監修者プロフィール】
合同会社スタイルマネジメント 佐藤恵介
経済産業省 認定経営革新等支援機関
『資金繰り表作成&活用マニュアル』マネジメント社 2025年11月 共同著者
資金繰り改善、銀行対応(資金調達)、経営計画書作成、売上・利益改善などと支援する財務コンサルタント

『資金繰り表作成&活用マニュアル』
2025年11月 マネジメント社より共同出版
Amazonにて発売中
資金繰りが限界…と諦める前に。リスケは「会社を守る権利」です
「今月の返済をすると、従業員の給与が払えないかもしれない」
「銀行に相談したら、もう貸してくれないのではないか」
日々の資金繰りに追われ、夜も眠れない日々を過ごされている経営者様へ。
まずお伝えしたいのは、
「リスケジュール(条件変更)」は恥ずべきことでも、倒産の予兆でもない」ということです。
私は長年、財務コンサルタントとして数多くの中小企業の再生現場に立ち会ってきました。そこで断言できるのは、リスケは「時間を稼ぎ、本業を立て直すための、企業に与えられた正当な権利」であるという事実です。
しかし、ただ銀行にお願いすれば良いわけではありません。銀行員が納得する「材料」と、経営者自身の「覚悟」が必要です。
この記事では、教科書的な手続き論だけでなく、現場の交渉で実際に何が行われているのか、そしてなぜ「月次決算」がリスケ成功の絶対条件なのか、私の実体験(※守秘義務の観点から一部加工しています)を交えて、包み隠さず解説します。
1.そもそも「リスケ(リスケジュール)」とは何か?
銀行融資におけるリスケジュール(Reschedule)とは、当初の返済条件を変更し、繰延べすることを指します。一般的には以下の2つのパターンがあります。
- 元金返済の猶予: 利息のみを支払い、元金の返済を一定期間(半年〜1年単位)ストップする。
- 返済期間の延長: 毎月の返済額を減額し、その分返済期間を延ばす。
現在、中小企業の現場で最も多く行われているのは「1. 元金返済の猶予」です。
「リスケ=倒産」は大きな誤解
金融円滑化法(モラトリアム法)の終了後も、金融庁の方針により、金融機関は中小企業からの条件変更の申し込みには柔軟に応じるよう指導されています。 実際、しっかりとした準備をして申し込んだ場合、承認率は9割を超えています。リスケをしたからといって即座に「倒産」や「銀行取引停止」になるわけではありません。むしろ、傷口が広がる前に止血をする賢明な判断と言えます。
2.リスケジュールのメリットとデメリット【実務的視点】
教科書には載っていない、現場視点でのメリット・デメリットをお伝えします。
最大のメリットは「社長が本業に集中できること」
キャッシュアウト(資金流出)が止まる財務的なメリットはもちろんですが、社長にとって最大の効果は「精神的な安定」です。
「来週の手形はどうしよう」と金策に走り回る時間を、「どうやって売上を戻すか」という本業の思考に使えるようになる。これこそが再生の原動力です。
デメリット:新規融資はストップする
これだけは覚悟してください。
リスケ期間中は、原則として追加融資(ニューマネー)は受けられません。 銀行の格付けが「正常先」から「要注意先」や「破綻懸念先」へダウンするためです。つまり、リスケ後は「今ある現金と、入ってくる売上」だけで会社を回さなければなりません。
だからこそ、後述する「資金繰り管理」が命綱となるのです。
3.【実録】銀行交渉から実行までの5ステップ
私がクライアント様と共に実行する際の標準的なフローは以下の通りです。
Step1:現状把握(資金繰り表と試算表の作成)
「あと何ヶ月資金が持つか」を正確に把握します。ここでドンブリ勘定は許されません。
直近の試算表(月次決算書)が3ヶ月前のものしかない…という状態では、銀行も話を聞いてくれません。まずは直近までの数字を固めます。
そして、今後のPL(売上・利益)計画を立て、資金繰り計画表を作成し、「あと何ヶ月資金が持つか」を正確に把握します。
Step2:メインバンクへの事前打診
いきなり全銀行を集めるのではなく、まずは融資シェアが最も高いメインバンク(あるいは準メイン)の担当者・支店長代理クラスにアポイントを取ります。
重要: 電話で済ませず、必ず訪問してください。「返済を止めたい」ではなく「会社を立て直したいので相談に乗ってほしい」というスタンスが重要です。
Step3:金融機関向け説明会(バンクミーティング)
複数の銀行と取引がある場合、一堂に会して説明会を行います。 「A行だけ返済して、B行は止める」といった不公平は絶対に認められません。「全行一律、同条件」が鉄則です。
Step4:経営改善計画書の策定・提出
口頭のお願いだけでリスケはできません。
- なぜ資金繰りが悪化したのか(困窮原因)
- どうやって立て直すのか(改善策)
- その結果、数字がどうなるのか?(計数計画)
- いつ正常返済に戻れるのか(出口戦略) これらをまとめた「経営改善計画書」を提出します。
Step5:契約変更・実行
全行の同意(合意)が得られたら、変更契約書を締結します。通常、手数料(数万円程度)が必要になります。
4.銀行が「うん」と言う経営改善計画書の急所
私はこれまで数百の計画書を見てきましたが、銀行員が見ているポイントは実はシンプルです。
① 「売上アップ」より「コスト削減」
「来年はV字回復して売上が1.5倍になります!」という計画書を、銀行員は信じません。
不確定要素の多い売上増強よりも、
「役員報酬のカット」
「不採算事業の撤退」
「無駄な経費の削減」
といった、やれば確実に成果が出るコスト削減が盛り込まれているかを重視します。
これが「実抜計画(実現可能性の高い抜本的な経営再建計画)」と呼ばれるものです。
② 経営者の「覚悟」が見えるか
銀行員は数字の裏にある「人」を見ています。
「自分(社長)の給料はそのまま、従業員のボーナスをカットします」という経営者を誰が応援するでしょうか? まずは経営者自身が身を切る姿勢を示すこと。これが交渉のテーブルに着くための入場券です。
5.なぜ「月次決算」がリスケ成功と再生の鍵なのか
ここが本記事で最もお伝えしたいポイントです。 多くの解説記事では「計画書を出して終わり」になっていますが、本当の勝負はリスケ開始後にあります。
過去の事例:製造業A社のケース
(※守秘義務のため、業種や数値を一部加工した事例です)
年商3億円の製造業A社は、原材料高騰と大口顧客の喪失により資金ショート寸前でした。私たちが介入し、銀行交渉を経て1年間の元金返済猶予(リスケ)を行いました。
しかし、まずA社の社長にお願いしたのは「毎月、翌月10日までに月次決算を締めること」でした。
なぜか? リスケ中の企業に対し、銀行は疑心暗鬼になっています。
「本当に計画通り進んでいるのか?」「また赤字を隠しているのではないか?」と。
A社は毎月、銀行を訪問し、精度の高い月次試算表(B/S、P/L)と資金繰り実績表を持参して報告を行いました。 当初は厳しい顔をしていた支店長も、半年もすると「A社社長は数字を把握している。経営が変わった」と評価を変え始めました。
正確な月次決算がもたらす3つの効果
- 異常値の早期発見: 資金ショートの前触れ・予兆を2〜3ヶ月前に察知できる。
- 銀行の信頼回復: 「数字に強い経営者」という信頼ができ、正常化後の融資再開が早まる。
- PDCAが回る: 計画と実績のズレ(予実管理)を毎月確認することで、改善策を修正できる。
「年に一回の決算書」で経営するのは、遅すぎです。
リスケという非常時だからこそ、月次決算という仕組みを整備しなければ、再生という目的地には辿り着けません。
6.よくある質問(FAQ)
Q. リスケをすると、信用保証協会の保証枠はどうなりますか?
A. 原則として、新たな保証枠の利用はできません。 ただし、経営改善計画の進捗が良好で、一定の要件を満たす場合(セーフティネット保証など)は、例外的に利用できるケースもあります。専門家にご相談ください。
Q. 税金や社会保険料もリスケ(滞納)していいですか?
A. 絶対に避けてください。 税金や社会保険料の滞納は、銀行融資のリスケよりも深刻です。銀行は「税金を滞納している会社」を最も警戒しますし、最悪の場合、売掛金や口座の差し押さえが発生し、即座に事業停止に追い込まれます。税金の支払いを優先し、銀行への返済をリスケするのが正しい順序です。
Q. 専門家に頼まず、自分だけで交渉できますか?
A. 可能ですが、推奨はしません。 感情的になってしまったり、不用意な一言(「もう返すつもりはない」など)で交渉決裂したりするリスクがあります。また、銀行用語や視点を理解している認定支援機関(税理士やコンサルタント)が間に入ることで、銀行側の安心感が全く違います。
7.まとめ:リスケはゴールではなく「再生」のスタートライン
リスケジュールは、あくまで「止血処置」に過ぎません。 止血をしている間に、体質改善(コスト削減・利益率向上)を行い、体力を戻すことが本質です。
私が関わった企業の多くが、リスケという苦渋の決断をきっかけに、「ドンブリ経営」から「数値に基づく経営」へと脱皮し、過去最高益を更新するまでに回復しています。
- 正確な月次決算の導入
- 精緻な資金繰り管理
- そして、泥臭い経費削減
これらを徹底すれば、必ず道は拓けます。 「もうダメだ」と諦める前に、まずは専門家と共に、現状の数字を整理することから始めましょう。