『資金繰り表作成&活用マニュアル』

1.「決算用BS」の嘘と「実態BS」の残酷な真実

年商10億円規模の企業において、社長が最も陥りやすい罠は「決算書が黒字だから大丈夫だ」という過信です。

しかし、事業再生の現場において、税務申告用の「決算貸借対照表」がそのまま経営判断に使えるケースは稀です 。

金融機関は、貴社の実態を把握する際に必ず「実態貸借対照表(実態BS)」を作成します 。
これは、資産の「実在性」「換金可能性」を厳しく査定し、負債の「網羅性」を検証した、いわば「会社の裸の姿」です 。

実態BSで債務超過に転落している場合、どんなに売上が高くても追加融資はストップします。経営者が自ら実態を把握し、先手を打って改善案を提示することこそが、資金繰り改善の第一歩です 。

2.資産の「膿」を出し切る:科目別精査ポイント

実態BSの作成には、主要科目の徹底的な「実査」が欠かせません

  • 現金・預金:
    実在性を確認します。
    決算書の残高と金庫の現金が一致しない会社は驚くほど多いものです 。不明な支出は「社長貸付金」として処理されるか、資産性を否定されます 。
  • 売上債権:
    実在性と回収可能性を確認します。
    回収が長期化している先や、すでに倒産している先の債権が残っていないかを確認します 。財務指標としては、以下の計算式で「回転期間」の長期化をチェックします 。

    売上債権回転期間(日) = ( 売上債権 / 売上高 ) × 365
  • 棚卸資産:
    実在性と販売(使用)可能性を確認します。
    陳腐化している在庫や滞留している在庫がないか、を把握します。財務指標としては、以下の計算式で「棚卸資産回転期間」の長期化をチェックします

    棚卸資産回転期間 = (売上高 / 期末棚卸資産)
  • 社長貸付金(役員貸付金):
    銀行が最も嫌う「負の資産」です 。これは「会社資産の私的流用」とみなされ、認定利息の計上による法人税負担増や、格付けの著しい低下を招きます 。
    事業とは関係ない社長個人の支出、他社への貸付、投資案件への支出などがあります。社長貸付金があって、メリットはひとつもありません。

    逆にデメリットは下記の通り、たくさんあります。
    -会社のお金が無くなる
    -金融機関からの評価が下がる
    -認定利息(令和3年度中の貸付なら1.0%)を計上する必要がある⇒法人税負担が増える
    -完済できないからといって債権放棄をすると、税法では原則として役員賞与と見做される
    -相続人に債務として引き継がれる

    さらに、社長貸付金の処理方法としては、
    -役員報酬引上げ⇒未払分を返済に充当⇒社会保険と源泉所得税の負担が発生
    -退職金で相殺⇒これを進める税理士も多い⇒源泉所得税の負担が発生
    -社長個人資産を会社に売却
    -生命保険の貸付金清算プラン⇒個人での返済増加(役員報酬増加⇒社保と税金負担増加)
    などがあり、処理に長い年月を要することもあります。

    その場合は、銀行に処理の計画を提出しておくと良いです。

3.固定資産と「含み損」の処理

10億円規模の企業であれば、本社ビルや工場などの不動産を保有しているケースが多いでしょう。しかし、その「簿価」は現実的ですか?

  • 不動産評価:
    遊休資産は時価評価(公示価格の80%程度の路線価などが目安)が必要です 。含み損を抱えたまま放置することは、銀行に「実態把握能力がない」と宣伝しているようなものです 。
  • 有価証券・保険積立金:
    すでに価値のない非上場株式や、不要な貯蓄型保険は、事業再生フェーズでは即座に解約・売却を検討すべきです 。

4.簿外債務と偶発債務の「見える化」

実態BSの負債サイドで恐ろしいのは、帳簿に載っていない債務です

  • 係争中の訴訟: 損害賠償の可能性がある場合、それは立派な負債予備軍です 。
  • 保証債務: 他社や個人の借入を保証している場合、そのリスクも実態BSには反映させなければなりません 。

5.透明性が「信頼」を生む

「悪い情報を出すと銀行に怒られる」と考えるのは間違いです。隠していた情報が後から発覚することこそが、最大の信頼失墜を招きます 。
プロの指導のもとで「実態はこうだが、この計画で再建する」と透明性を持って提示することが、金利交渉やリスケ合意の鍵となります 。