
【監修者プロフィール】
合同会社スタイルマネジメント 佐藤恵介
経済産業省 認定経営革新等支援機関
『資金繰り表作成&活用マニュアル』マネジメント社 2025年11月 共同著者
資金繰り改善、銀行対応(資金調達)、経営計画書作成、売上・利益改善などと支援する財務コンサルタント

『資金繰り表作成&活用マニュアル』
2025年11月 マネジメント社より共同出版
Amazonにて発売中
「財務」と「経理」。
ビジネスの現場において、この2つの言葉はしばしば混同されがちです。
「お金周りの管理をする仕事」という意味では共通していますが、その目的と見ている時間軸は決定的に異なります。
財務:
企業活動に必要な資金を管理し、財政状態を健全に保ちながら、企業価値を最大化する活動
会計:
企業の資産(現金だけでなく、不動産、備品、売掛金などの権利も含む)の動きを包括的に管理すること
経理:
会計業務の一環であり、日々のお金の流れを把握して記録・管理する実務
「会計・経理」は過去の記録であり、
「財務」は未来の設計図です。
私は長年、財務コンサルタント・資金繰りアドバイザーとして多くの企業の経営再建や成長支援に携わってきました。その経験から言えるのは、「財務に強い会社は、不況でも潰れない」という事実です。
本記事では、教科書的な定義だけでなく、実際の経営現場で「財務」がどのような役割を果たしているのか、会計や経理とどう役割分担すべきなのか、実務経験に基づく「生きた知識」を解説します。
1.財務(ファイナンス)とは何か?
財務とは一言で言えば、
「企業活動に必要な資金を管理し、財政状態を健全に保ちながら、企業価値を最大化する活動」のことです。
会社を人間の体に例えるなら、「血液(現金)を全身に循環させ、止まらないようにコントロールする心臓」の役割を果たします。どれだけ立派な筋肉(商品・サービス)があっても、血液が回らなければ人は倒れてしまいます。会社も同様に、現金(キャッシュ)が尽きれば、たとえ黒字であっても倒産します。
財務の主な業務内容は、大きく以下の4つに分類されます。
① 財務戦略の立案
会社が5年後、10年後にどうありたいかという経営目標に基づき、「いつ、どのくらいのお金が必要か」を計画します。M&Aや新規事業への投資判断もここに含まれます。
② 予算の編成と管理
戦略を実行するための具体的な数値目標(予算)を作成し、実績とのズレ(予実管理)をチェックします。無駄な支出を抑え、利益体質を作るためにコントロールします。
③ 資金調達
必要な資金を外部から集めてくる業務です。
- デット・ファイナンス: 銀行からの融資、社債発行など
- エクイティ・ファイナンス: 株式発行による投資家からの出資など
④ 余剰資金・資産運用
手元にある現金をただ眠らせておくのではなく、投資信託や短期金融商品などで運用し、少しでも増やすための活動です。また、不要な資産を売却して現金化する判断も行います。
2.図解で整理:「財務」と「会計・経理」の違い
ここが最も検索されるポイントです。それぞれの定義と役割を整理しましょう。
会計とは?
企業の資産(現金だけでなく、不動産、備品、売掛金などの権利も含む)の動きを包括的に管理することです。
社外への報告を主目的とする「財務会計」と、社内管理用の「管理会計」が中心となります。
経理とは?
会計業務の一環であり、日々のお金の流れを把握して記録・管理する実務です。
- 現預金・売上仕入等の管理
- 伝票の記帳
- 決算書類(貸借対照表・損益計算書)の作成
- 税金の申告・納付管理
財務と経理・会計の比較表
| 項目 | 会計・経理 | 財務 |
| 時間軸 | 過去(起きた事実を記録する) | 未来(これからどうするか決める) |
| 主な目的 | 正確な記録、納税、説明責任 | 企業価値の最大化、資金ショート防止 |
| 成果物 | 財務諸表 | 資金繰り表、事業計画書 |
| 重要視点 | 「利益」が出ているか? | 「現預金(キャッシュ)」があるか? |
| 業務イメージ | 正確なスコアブックを付ける記録係 | 勝利するための作戦を立てる軍師 |
3.誰が「財務」を行い、誰が「経理」を行うのか?
実務の現場では、会社の規模によって「誰が担当するか」が大きく異なります。ここが曖昧なままでは組織作りがうまくいきません。
経理・会計を扱うのは誰か?
- 担当者: 経理担当社員、経理課長、記帳代行会社、顧問税理士。
- 求められる資質: 正確性、幾帳面さ、簿記の知識、税法の理解。
- 役割: 1円のズレもなく事実を積み上げること。
財務を扱うのは誰か?
- 小規模・中小企業の場合:
多くの場合、「経営者(社長)」自身です。銀行との交渉や将来の投資判断を社員に任せることは難しいため、社長が財務部長を兼任します。 - 中堅・大企業の場合:
CFO(最高財務責任者)や財務部が担当します。経理部とは明確に分けられ、経営陣の一角として機能します。 - 外部パートナー:
顧問税理士は「過去の会計・税務」のプロですが、「未来の財務戦略」まで踏み込んで提案できるとは限りません。そのため、別途「財務コンサルタント」や「資金繰りアドバイザー」を登用するケースが増えています。
【ここがポイント】
「うちは税理士に任せているから大丈夫」というのは危険な誤解です。税理士は「正しい税金の申告」が主業務であり、「銀行からどう融資を引き出すか」「設備投資をするべきか」という未来の意思決定は、経営者自身(=財務)の責任なのです。
4.【専門家実録】 現場で起きている「財務」のリアル
ここからは、私が実際に現場で見てきた事例(※守秘義務のため一部情報を加工しています)をもとに、教科書には載っていない「財務の現場」をお伝えします。
事例:利益は出ているのに倒産寸前?(黒字倒産の危機)
ある地方の製造業A社(年商5億円規模)の事例です。
A社は技術力が高く、大型の受注が相次ぎ、損益計算書(P/L)上では過去最高益を記録していました。経理担当者も「社長、今期は絶好調ですね」と報告していました。
しかし、社長の顔色は優れません。なぜなら、「通帳にお金がない」からです。
何が起きていたのか(財務的分析)
- 入金の遅れ: 大手との取引が増え、売上の入金が「月末締め・翌々月末払い」など長期化していた。
- 支払いの先行: 受注増に対応するため、材料仕入れや外注費の支払いが先行して発生していた。
- 在庫の滞留: 「念のため」と抱えた在庫が、現金を資産(モノ)に変えてしまい、資金をロックしていた。
会計(P/L)上は「売上」も「利益」も立っています。しかし財務(キャッシュフロー)の視点で見ると、入金までの3ヶ月間、数千万円の資金不足が発生する状態でした。これに気づかず手形決済の日を迎えていれば、A社は黒字倒産していたでしょう。
財務担当(コンサルタント)が打った手
私はA社に入り、直ちに以下の財務アクションを行いました。
- 資金繰りの見える化: 資金繰り表を作成し「いつ、いくら足りなくなるか」を日次単位で可視化。
- 緊急融資(つなぎ資金)の調達: 銀行に対し、「赤字補填」ではなく「受注増による前向きな運転資金」であることをロジカルに説明し、融資枠を確保。
- サイト(条件)交渉: 一部の仕入れ先に対し、支払いサイトの延長を交渉。
結果、A社は資金ショートの危機を脱し、無事に最高益に応じた現金を手にすることができました。これが、「会計(過去の利益)」だけを見ていては救えない会社を、「財務(未来の現金)」で救うという実例です。
5.優秀な財務担当者に求められるスキル
もしあなたが経営者で財務担当を雇う場合、あるいはあなたが財務職を目指す場合、以下のスキルが必須となります。
- 論理的思考力(ロジカルシンキング):「なんとなく」ではなく、数字的根拠に基づいて未来を予測する力。
- 交渉力・コミュニケーション能力:銀行担当者や投資家に対し、自社の魅力を伝え、納得させるプレゼン力。時には厳しい条件交渉も必要です。
- リスク管理能力:「もし売上が2割落ちたら?」「もし金利が上がったら?」という最悪のケース(ワーストシナリオ)を常に想定できる慎重さ。
- 会計・税務の基礎知識:財務諸表(B/S、P/L、C/F)が読めることは大前提です。
6.よくある質問(FAQ)
Q1. 中小企業に財務専門の部署がないのはなぜですか?
A. 多くの中小企業では、人件費の観点から専任者を置く余裕がなく、社長が兼務するか、経理担当者がルーチンワークの合間に行っているのが実情です。しかし、売上規模が数億円を超えてくると、社長の勘だけに頼る資金管理はリスクが高まります。外部のCFOやコンサルタントを活用するフェーズと言えるでしょう。
Q2. 簿記の資格があれば財務の仕事はできますか?
A. 簿記は「会計・経理」のためのスキルであり、財務の基礎にはなりますが、それだけでは不十分です。財務には、金融知識、銀行との折衝ノウハウ、経営戦略の理解が求められます。簿記が「記録の技術」なら、財務は「活用の技術」です。
Q3. 「資金繰り」と「キャッシュフロー経営」は何が違いますか?
A. 本質的には同じですが、ニュアンスが異なります。「資金繰り」は直近の資金ショートを防ぐための短期的なやりくり(守り)を指すことが多く、「キャッシュフロー経営」は長期的に現金を最大化するための戦略(攻め)を指すことが多いです。健全な財務は、この両方をカバーします。
まとめ:財務は、企業の「命」を守り「夢」を叶える力
財務とは、単なるお金の計算ではありません。
「会計」がこれまでの企業の歩みを記した航海日誌だとすれば、「財務」はこれから荒波を越えて目的地へ向かうための羅針盤であり、エンジンです。
- 経理・会計で、足元を固める。
- 財務で、未来を切り拓く。
この両輪が噛み合って初めて、企業は永続的な成長が可能になります。
もし現在、自社の「未来のお金」について不安がある場合は、早めに財務の専門家へ相談することをお勧めします。お金の不安が消えれば、経営者は本業(事業成長)に100%集中できるようになるからです。