
【監修者プロフィール】
合同会社スタイルマネジメント 佐藤恵介
経済産業省 認定経営革新等支援機関
『資金繰り表作成&活用マニュアル』マネジメント社 2025年11月 共同著者
資金繰り改善、銀行対応(資金調達)、経営計画書作成、売上・利益改善などと支援する財務コンサルタント

『資金繰り表作成&活用マニュアル』
2025年11月 マネジメント社より共同出版
Amazonにて発売中
毎月、税理士事務所から送られてくる「試算表」。
あなたはこれを受け取って、「今月は黒字か、よかった」「赤字か、まずいな」と、最終行の利益だけを見て引き出しにしまっていませんか?
はっきり申し上げます。
それは会社の「健康診断書」をゴミ箱に捨てているのと同じです。
年商が1億円を超え、10億円を目指すステージになれば、ドンブリ勘定は通用しません。
試算表には、半年後の資金ショートの予兆や、現場で起きている不正の兆候、あるいは銀行融資がストップする危険信号がすべて刻まれています。
本記事では、長年多くの中小企業の財務再生・資金調達支援に携わってきた私の視点から、経営者が最低限チェックすべき「試算表分析の勘所」を解説します。
簿記の細かい知識は不要です。「経営判断」に必要な視点だけを持ち帰ってください。
1.なぜ「試算表の分析」が経営に必要なのか?
多くの経営者が試算表を「終わった月の結果」だと思っています。
しかし、経営における試算表の正しい役割は、「未来のリスクを重要な資料」です。
税務署のためではなく、自社のために作る
試算表(月次決算書)は、極論すれば「自社を守るため」だけに存在します。
私が以前ご相談を受けた年商5億円規模の卸売業(A社様とします)の事例です。
A社社長は「売上は順調だ」と仰っていましたが、私が試算表を分析すると、売上増加の裏で「粗利益率」がわずか2%低下していました。 たった2%ですが、年商5億円の2%は1,000万円の利益消失を意味します。原因は、現場担当者が売上目標達成のために独断で行っていた過度な値引きでした。
試算表を毎月正しく分析していれば、この「2%の異常」に翌月には気づき、傷が浅いうちに対処できたはずです。試算表分析とは、こうした毎月の「小さな違和感」を早期発見し、致命傷になる前に治療することなのです。
月次決算のスピードは「鮮度」が命
分析以前の問題として、試算表が手元に届くのはいつでしょうか? もし翌月末や翌々月になっているなら、その試算表は「死んだ数字」です。経営判断に使うためには、最低でも「翌月15営業日以内」には試算表が完成している体制を目指してください。
2.分析の前に知っておくべき「3つの試算表」と「推移表」
分析に入る前に、前提知識を整理します。試算表には主に3つの種類がありますが、経営者が見るべきものは一つだけです。
- 合計試算表:実務では使いません。
- 残高試算表:その時点の残高は見えますが、流れが見えません。
- 合計残高試算表:借方・貸方両方の動きが見える最も基本的な表です。
【最重要】「月次推移表」に変換して初めて意味を持つ
税理士から送られてくる試算表(単月)を眺めるだけでは、分析は不可能です。必ず「月次推移表(推移財務諸表)」の形式も見てください。 横軸に4月、5月、6月…と月ごとの数字が並ぶことで、「あれ? 今月だけ交際費が跳ね上がっている」「売上は横ばいなのに、在庫だけが増え続けている」といった異常値が一目でわかります。
これ以降の解説は、すべてこの「推移」を見ることを前提にお話しします。
3.【ステップ1:損益計算書(P/L)】儲けの構造と異常を読み解く
損益計算書(P/L)分析の目的は、「本当に儲かる体質になっているか」を確認することです。
① 売上高:前年同月比よりも「計画比」を見る
「去年の同月より売上が上がった」ということだけで喜んでいてはいけません。重要なのは「期首に立てた計画に対してどうか」です。
計画未達の場合、その原因は「客数が減ったのか」「単価が下がったのか」「ある既存顧客の売上が減ったのか」「その未達の原因は突発的なもので、構造的なものではないか」「単なる季節要因なのか」。
これを分解せずに「来月は頑張ろう」と精神論で済ませると、ズルズルと業績が悪化します。
② 限界利益(粗利)の異常検知
私がコンサルティングの現場で最も注視するのが「粗利益率(売上総利益率)」の推移です。 業種やビジネスモデルが変わっていないのに、粗利率が急にガクンと下がった場合は、以下のリスクを疑います。
- 仕入原価の高騰(価格転嫁できていない)
- 現場の安易な値引き
- 在庫の計上ミ
粗利から、人件費やその他の経費を払っていくことになります。その人件費やその他の経費は固定費と呼ばれ、ある程度毎月一定の額となります。その額よりも粗利が多くなっていないと、営業利益が赤字となるわけです。
③ 固定費の膨張チェック
売上が好調な時ほど、固定費はブクブクと大きくなります。「その他経費」や「雑費」に大きな金額が計上されていないかチェックしてください。使途不明な経費の増加は、組織の規律が緩んでいるサインです。
そして、その他経費については、これまでの月と比較して金額が大きくなっている科目については、総勘定元帳のデータを見て、何に多く支払っているのか?をチェックする必要があります。
私のコンサルティングの現場では、このようにして社長に見てもらうと、「あれ?この支払って何だっけ?」というのが良くあります。社長も身に覚えのない、忘れている支払が多くあるものです。
4.【ステップ2:貸借対照表(B/S)】会社の安全性と倒産リスクを見抜く
中小企業の社長はP/L(売上と利益)が好きですが、会社を倒産から守るのはB/S(資産と負債)の分析です。
① 現預金残高:「月商の何ヶ月分あるか?」
現預金の絶対額ではなく、「月商倍率」で見てください。
- 危険水準:月商の1ヶ月分未満(自転車操業状態)
- 安全水準:月商の1.5〜2ヶ月分
- 理想水準:月商の3ヶ月分以上
もし1ヶ月分を切っているなら、利益よりも「資金調達」あるいは「現金化のスピードアップ」が最優先事項です。
② 売掛金・在庫の「回転期間」
「勘定合って銭足らず(黒字倒産)」の予兆はここに現れます。 例えば、あるIT系開発会社(年商3億円)の事例です。売上は毎月伸びていましたが、ある月から「売掛金」の回収サイトが翌月から翌々月に延びていることに気づかず、資金ショート寸前になりました。
- 売掛金回転期間 = 売掛金 ÷ 月商
- 棚卸資産回転期間 = 在庫 ÷ 月商
この数値が長期化していないか(グラフが右肩上がりになっていないか)を毎月チェックしてください。「売上の伸び以上に、在庫や売掛金が増えている」状態は、極めて危険なシグナルです。
5.銀行員がチェックしている「要注意ポイント」
融資の審査をする際、銀行員は試算表の「どこ」を見ているかご存知でしょうか? 彼らは利益以上に、「資産の質(きれいさ)」を見ています。以下の勘定科目があると、銀行評価は著しく下がります。
①仮払金・貸付金
「社長への貸付金」や、内容不明の「仮払金」が計上されたままになっていませんか?
銀行はこれを「会社のお金を社長が私的に流用している」「使途不明金がある=粉飾の可能性がある」と見なします。これがあるだけで、追加融資のハードルは格段に上がります。決算までには必ずゼロにすべき項目です。
②開発費・繰延資産
実態のないソフトウェア開発費や、資産性のない繰延資産が資産の部に計上されていませんか? 銀行の実質審査では、これらは「資産ゼロ」として評価され、自己資本比率がマイナス(実質債務超過)と判定される原因になります。
③預り金・未払金の滞留
社会保険料や源泉所得税の支払いが遅れていませんか? 試算表の「預り金」の残高が異常に大きい場合、銀行は「税金等の滞納」を即座に見抜きます。税金の滞納がある企業への融資は、原則として不可能です。
6.試算表分析から実行すべき「3つの改善アクション」
試算表の分析は、アクションに繋がらなければ意味がありません。
- 資金繰り表との連動
試算表は「過去」の結果ですが、資金繰り表は「未来」の予測です。試算表で在庫や売掛金の異常を検知したら、すぐに資金繰り表を修正し、3ヶ月〜半年後のキャッシュ不足に備えてください。 - 異常値への即時対応
「原価率が1%悪化した」なら、翌週には仕入れ先と交渉するか、売価を見直す。「交際費が増えた」なら、来月の予算枠を絞る。分析したその日に指示を出しましょう。 - 幹部との情報共有
試算表を社長の机の中だけで終わらせてはいけません。幹部社員に「今の粗利率はここが問題だ」「在庫回転率をここまで改善したい」と数字で語りかけ、危機感と目標を共有する共通言語として使ってください。
よくある質問(FAQ)
Q. 試算表は毎月作る必要がありますか?
A. 必須です。 年商数千万円規模であれば数ヶ月に一度でも回るかもしれませんが、億単位の年商があり、借入金もある企業の場合、毎月のモニタリングなしでの経営は「目隠し運転」と同じです。
Q. 赤字でも試算表を作る意味はありますか?
A. 赤字の時こそ重要です。
「どこで」「なぜ」赤字が出ているのか(粗利不足なのか、固定費過多なのか)を特定しなければ、黒字化の対策が打てないからです。
Q. 経理担当者がおらず、試算表の作成が遅れがちです。
A. アウトソーシングやシステムの活用を検討してください。
社内で無理に作ろうとして2ヶ月遅れるくらいなら、記帳代行業者やクラウド会計システムを活用し、スピードを優先させるべきです。「鮮度」のない試算表に経営判断の価値はありません。
まとめ:試算表は「未来をつくる羅針盤」
試算表は、単なる数字の羅列ではありません。そこには、社長の意思決定の結果と、会社の未来の姿が映し出されています。
「数字が苦手だ」と避けて通ることは、経営のリスクを放置することと同義です。まずは毎月、「現預金残高」「粗利率」「売掛金の回転」の3つを推移で見ることから始めてみてください。それだけで、景色は変わるはずです。
もし、
「自社の試算表を見てもどこが問題かわからない」
「銀行から試算表の内容について厳しい指摘を受けた」という場合は、一度専門家の診断を受けることをお勧めします。
数字の裏にある「病巣」を特定し、健全な財務体質へ戻すための第一歩を共に踏み出しましょう。