
【監修者プロフィール】
合同会社スタイルマネジメント 佐藤恵介
経済産業省 認定経営革新等支援機関
『資金繰り表作成&活用マニュアル』マネジメント社 2025年11月 共同著者
資金繰り改善、銀行対応(資金調達)、経営計画書作成、売上・利益改善などと支援する財務コンサルタント

『資金繰り表作成&活用マニュアル』
2025年11月 マネジメント社より共同出版
Amazonにて発売中
「佐藤さん、またダメでした。発表会の時はあんなに盛り上がったのに、3ヶ月経ったら誰も計画書を開いてすらいないんです」
これは、私のもとに相談に来られる経営者の方から、よくお聞きする悩みの一つです。
社長の想いを込め、膨大な時間をかけて作り上げた経営計画書。
しかし、発表会というイベントが終わった瞬間から、それは机の奥で眠る「ただの記念品」と化してしまう——。いわゆる「絵に描いた餅」状態です。
なぜ、多くの企業で同じ失敗が繰り返されるのでしょうか?
社員のやる気がないからでしょうか?
計画の数値に無理があるからでしょうか?
長年、財務コンサルタントとして数多くの中小企業の「金」と「人」の動きを見てきた経験から申し上げます。
経営計画が頓挫する最大の理由は、社長や社員の能力不足ではありません。
「計画を作った後の運用デザイン(=習慣化させる仕組み)」が設計されていないことに尽きます。
本記事では、精神論や理想論は一切排除します。
経営計画書を「眺めるもの」から、会社を動かしキャッシュを生み出す「武器」に変えるための、泥臭くも確実な実務ノウハウを公開します。

なぜ、あなたの経営計画書は「絵に描いた餅」になるのか?(5つの真因)
まず、原因を特定しましょう。計画が形骸化する企業には、必ずと言っていいほど以下の5つの共通点があります。
1.計画書が「社長の欲望(ノルマ)の羅列」になっている
社員が計画書を見たとき、そこに何を感じているか想像したことはありますか?
もし「売上目標 前年比120%」「経費削減 10%」といった数値だけが並んでいたら、彼らはこう思います。「ああ、また苦しいノルマが課された」「そんなの無理だよ」と。
「なぜその数字が必要なのか(Why)」というストーリーと、その達成が社員自身の幸せ(給与、環境、将来性)自分たちにどのようなメリットがあるのか?とどうリンクするかが欠落している計画は、現場の心理的な拒絶を生みます。
2.「現場不在」のトップダウン作成
「幹部合宿で作った素晴らしい計画」ほど危険です。現場のリーダーやキーマンを巻き込まず、経営陣だけで閉じて作った計画は、現場からすれば「他人事」です。
「自分たちが決めたこと」「自分事」でなければ、人は本気で動きません。策定プロセスへの関与がないことが、当事者意識の欠如を招きます。
3.「やらないこと」が決まっていない(総花的)
「あれもやる、これもやる」。意欲的なのは良いことですが、リソース(人・モノ・金)には限りがあります。
戦略の本質は「捨てること」です。重点課題が絞り込まれておらず、すべての項目が「優先度:高」になっている計画書は、現場を混乱させ、結果として何も進まない状況を作り出します。
4.行動目標(To-Do)まで落ちていない
「売上を上げる」は結果であり、行動ではありません。「訪問数を1日3件に増やす」「休眠顧客リスト50件にDMを送る」などに数字の落とし込んだ重要指標(KPI)が行動です。
多くの計画書は、P/L(損益計算書)の目標数値までは書かれていますが、「明日、誰が、具体的に何をするか」というアクションプランまで落とし込まれていません。これでは社員は動きようがありません。
いつ、誰が、何を、どのように、いつまでに、という誰が聞いても同じ行動ができるような具体性が重要です。
5.「モニタリング」の仕組みがない
ここが最大にして最強の要因です。
「1年後のゴール」だけを見て走れる人間はいません。計画書を作った後、「進捗はどこまで行ったのか」「ズレを修正する場(会議)」が定例化されていないのです。
ダイエットと同じで、毎日体重計に乗る(数値を直視する)仕組みがなければ、必ずリバウンドします。
「生きた計画」にするための作成フェーズの鉄則
運用に入る前に、まずは「動ける計画書」になっているかを確認してください。私がクライアント企業の計画策定を支援する際、必ず守っていただいている鉄則があります。
① 現場のキーマンを巻き込む「参画型策定」
完成品を渡すのではなく、策定段階から現場のキーマン(部門長や現場リーダー)をプロジェクトに入れます。
「今の現場のリソースでこの目標は現実的か?」
「達成のために何が必要か?」
を彼らに問い、彼らの口から「これなら大丈夫です」「これをやりたいです」と言わせるプロセスを踏みます。
「自分がコミットした数字」という事実は、後の実行力に雲泥の差を生みます。
② 数値の裏にある「ストーリー」を言語化する
財務のプロとして言わせていただくと、数字は「結果」であり「翻訳」です。
「営業利益3,000万円」という数字自体に意味はありません。
- 「なぜ3,000万円必要なのか?」→「来期の新工場建設の頭金にするため」
- 「工場ができるとどうなるか?」→「残業が減り、生産性が上がり、皆の賞与原資が増える」ここまで翻訳して初めて、数字に体温が宿ります。経営計画書には、必ずこの「数字の意味(翻訳)」を記載してください。
③ 年間目標を「日々の行動」まで因数分解する
- KGI(重要目標達成指標): 年間売上1億円
- KPI(重要業績評価指標): 新規商談数 月20件
- Action(行動): 毎日5件のテレアポ
ここまで分解できていますか? 現場が迷うのは「大きな目標」しか見えないからです。今日やるべきことが明確であれば、一歩を踏み出せます。
【最重要】計画を形骸化させない「月次予実管理」の仕組み
ここからが本記事の核心です。
立派な計画書ができても、それを机の中にしまっては意味がありません。計画を実行させる唯一の方法は、「強制的に振り返る場」をスケジュールに組み込むことです。
これを私たちは「月次予実管理会議(PDCA会議)」と呼び、最重要視しています。
1.会議の目的を変える:「報告会」から「作戦会議」へ
多くの会社で行われている会議は、過去の数字を読み上げるだけの「報告会」です。「なぜ未達なんだ!」と詰めるだけの場になっていませんか? これでは社員は萎縮し、言い訳を考えることに必死になります。
「絵に描いた餅」にしないための会議は、未来の話をします。
- 過去(報告): 5分
- 現在(分析): 10分(なぜズレたか? 環境変化か? 行動不足か?)
- 未来(対策): 45分(で、来月どうやって挽回するか?)
この配分を徹底してください。
2.財務コンサルタント推奨のアジェンダ例
ダラダラとした会議は百害あって一利なしです。以下のアジェンダを定型化し、毎月同じリズムで回します。
| 順序 | 項目 | 内容 | 目的 |
| 1 | 理念・方針の確認 | 経営理念や今期の方針を全員で読む | 目線を合わせ、原点に立ち返る 改めて目的を共有する |
| 2 | 全体予実確認 | 全社の売上・利益・資金繰り残高の確認 | 会社全体の現在地を数字で共有する |
| 3 | 部門別アクションの検証 | KPI(行動指標)の達成状況確認 | 結果ではなく「決めた行動ができたか」を確認 |
| 4 | 課題抽出 | 計画と実績のズレ(Gap)の原因特定 | 言い訳ではなく「事実」を抽出する |
| 5 | 次月アクション決定 | 「誰が」「いつまでに」「何をするか」 | 着実に実行に移す |
3.「見える化」の徹底
計画の進捗状況は、クラウドツール(SalesforceやKintoneなど)や、アナログな模造紙でも構いませんので、常に全員の目に入る場所に掲示します。
「見られている」という適度な緊張感が、実行を担保します。
現場のモチベーションを維持する「評価・報酬」との連動
「頑張って計画を達成しても、給料が変わらない」。これでは、社員が「絵に描いた餅」だと思うのも無理はありません。
計画実行のエンジンは、間違いなく「評価制度(インセンティブ)」です。
プロセス(行動)を評価する
結果が出るまでにはタイムラグがあります。特に新しい取り組みの場合、すぐには売上につながらないこともあります。
だからこそ、「結果(売上)」だけでなく、「プロセス(計画通りに行動したか)」を評価対象に加えてください。
「計画通りに行動すれば評価される」と分かれば、社員は安心して計画実行に邁進できます。
決算賞与で還元する
「計画以上の経常利益が出たら、その〇〇%を決算賞与として還元する」。この約束を公言し、計画書に明記してください。
会社の利益と個人の財布がリンクした時、経営計画書は「社長の夢」から「自分たちの目標」に変わります。
よくある失敗事例とリカバリー策(Case Study)
私が支援した現場でも、順風満帆に進むことばかりではありません。実際にあった「停滞」と、そこからの「復活」の事例をご紹介します(※守秘義務のため、業種や数値を一部加工しています)。
【事例A】製造業(年商5億円):環境変化で計画が崩壊
状況:
原材料価格の高騰により、期首に立てた利益計画が開始3ヶ月で達成不可能に。現場には「どうせ無理だ」という諦めムードが蔓延し、計画書は無視されるように。
リカバリー策:
「修正予算」の導入。
「期首の計画」に固執せず、環境変化に合わせて残り9ヶ月の計画を引き直しました。ただし、下方修正するだけでなく「値上げ交渉」や「歩留まり改善」といった新たなアクションプランを追加。
「今の状況で目指せるベスト」を再定義したことで、現場の目標意識が復活しました。
【事例B】サービス業(年商3億円):社長が飽きてしまった
状況:
トップダウンで計画を作ったものの、社長自身が忙しさにかまけてモニタリング会議を欠席しがちに。トップの熱量が冷めたのを見て、幹部も次第に計画を軽視するように。
リカバリー策:
「外部の強制力」の活用。
私のような外部の専門家が毎月の会議に同席し、ファシリテーターとして進行を管理。
「来月までにこれをやる予定でしたが、進捗はどうですか?」
「(できなかったとしたら)何が原因で実行に移せなかったのでしょうか?」
「その原因を解決するにはどうすればいいと思われますか?」
「では、来月はどこまでできそうでしょうか?」
と客観的な立場から指摘する役割を入れました。
社長自身も「外部の目」があることで規律を取り戻し、会議体質が定着しました。
経営計画運用に関するFAQ
経営者の皆様からよくいただく質問にお答えします。
Q. 社員数名の小規模企業でも経営計画書は必要ですか?
A. 必要です。むしろ小規模こそ効果が高いです。
大企業のような分厚い冊子は不要です。A4用紙1枚でも構いません。
「今期どこを目指すのか」
「何に金を使うのか」
「何を注力するのか」
が明文化されているだけで、迷いがなくなり、資金繰りの予測精度も格段に上がります。
Q. 期中に計画を変更しても良いのですか?(下方修正など)
A. 変更して構いません。
経営計画は「法律」ではなく「地図」です。道路が通行止め(市場環境の変化)なら、ルートを変えるのは当然です。
ただし、「努力不足による未達」で目標を下げるのはNGです。「前提条件が変わった場合」のみ、計画を修正するようにしましょう。
Q. 計画書のデザインや装丁は凝るべきですか?
A. 愛着を持たせるために、ある程度は重要です。
中身が一番ですが、ペラペラのコピー用紙より、しっかり製本された手帳サイズのものや、ロゴ入りのファイルの方が、社員は大切に扱います。「大切なものだ」というメッセージを伝える演出として、装丁にこだわるのは有効です。