『資金繰り表作成&活用マニュアル』

「急な大口注文が入ったが、仕入れ資金が足りない」

「売掛金の入金まで数ヶ月あり、資金繰りが一時的に苦しい」

経営者であれば、こうした資金需要は必ず経験するものです。
そんな時、銀行融資の中でも特に、スピードが早く、金利も低く抑えられる強力な手段が「手形貸付(てがたかしつけ)」です。

しかし、手形貸付には特有の「作法」と「リスク」があります。ここを理解せずに安易に利用すると、最悪の場合、銀行取引停止などの事態を招きかねません。

本記事では、長年多くの中小企業の資金繰り支援を行ってきた財務コンサルタントの視点から、教科書的な定義だけでなく、「銀行員はどう審査しているのか」「返済が苦しい時の交渉術(手形ジャンプ)」といった現場のリアルな知識を含めて解説します。


手形貸付とは何か?仕組みをサクッと理解

手形貸付とは、企業が銀行に対して「約束手形」を振り出し(差し入れ)、その手形の額面金額から利息分を差し引いた金額を借り入れる融資形態のことです。

通常、約束手形は企業間の取引(買掛金の支払いなど)で使われますが、手形貸付では「銀行を受取人」として手形を振り出します。

手形貸付の基本的なスキーム

  1. 企業(借主): 銀行宛に「〇月〇日に〇〇円返済します」という約束手形を振り出す。
  2. 銀行(貸主): 手形を受け取り、利息を先取りした上で、残金を企業の口座に入金する。
  3. 返済: 期日に一括で返済する(または書き換えを行う)。

「手形割引」との決定的な違い

よく混同されるのが「手形割引」です。どちらも手形を使いますが、意味合いは全く異なります。

  • 手形貸付: 自社の信用で「借金」をする(負債の増加)。
  • 手形割引: 取引先から受け取った手形を銀行に買い取ってもらい現金化する(資産の現金化)。

手形貸付は、あくまで「御社自身の信用力」で資金を調達する手段です。

時代の変化:紙の手形から「電子記録債権(でんさい)」へ

近年、実務の現場では紙の手形を使わないケースが増えています。「でんさい(電子記録債権)」などのシステムを使い、Web上で貸付の手続きが完了します。

印紙代が不要になる、紛失リスクがない等のメリットがあり、銀行側もこちらを推奨する傾向にあります。本記事の「手形」という言葉は、こうした電子的な手段も含むものとしてお読みください。


【比較表】手形貸付・証書貸付・当座貸越の使い分け

資金調達において最も重要なのは、「資金の使い道(資金使途)」と「借り方」をマッチさせることです。ここがズレていると、黒字倒産のリスクが高まります。

銀行融資の代表的な3つの形態を比較してみましょう。

特徴手形貸付証書貸付当座貸越
主な使途短期運転資金
つなぎ資金、賞与資金など
長期運転資金、設備資金
機械購入、店舗改装など
極度枠内での自由資金
日々の入出金の調整
返済期間1年以内1年以上契約期間内は随時
返済方法期日一括返済毎月分割返済随時返済
金利低め期間に応じる(手形より高め)比較的高め
審査スピード早い時間がかかる非常に厳しい
印紙代安い金額に応じて必要契約時のみ必要

証書貸付と当座貸越については、下記のコラムで詳細を解説しております

証書貸付とは

当座貸越とは

財務コンサルタントのアドバイス:期間のミスマッチに注意

「手形貸付の方が金利が安いから」といって、工場の機械購入(設備投資)に手形貸付を使ってはいけません。機械が生み出す利益は何年もかけて回収するものですが、手形貸付は数ヶ月で返済が来ます。設備投資は基本的に長期借入金で、資金調達を行ってください。

「短期で返すなら手形、長期で返すなら証書」。この原則を守ることが、安定した資金繰りの第一歩です。


経営者が知っておくべき3つのメリット

1.金利が低く、コストを抑えられる

手形貸付は銀行にとっても管理の手間が少なく、期間も短いため、証書貸付に比べて金利が低く設定される傾向があります。

2.審査から実行までがスピーディー

多くの場合、事前に銀行と「銀行取引約定書」を交わしていれば、都度の契約書作成が不要です。急な資金需要が発生した際、最短で申し込みの翌日〜数日で着金することもあり、スピード感は経営の大きな武器になります。

3.印紙税の節約になる

借入金額が大きくなるほど、証書貸付(金銭消費貸借契約書)の印紙代は高くなります。一方、手形貸付にかかる印紙税は軽減措置などが適用されるケースが多く、コスト面で有利です。

(※電子記録債権を利用すれば、印紙代はそもそも0円です)


銀行員は審査でここを見ている

ここからは、教科書には載っていない「現場の審査」の話をします。
私が過去、顧問先の融資支援で実際に銀行担当者とやり取りした経験から、彼らがどこをチェックしているかを共有します。

最重要ポイントは「返済原資」

手形貸付は基本的に「1年以内に返す」約束です。銀行員が最も気にするのは、「期日に確実に現金が入ってくる予定があるか?」です。

例えば、ある製造業(A社)の事例です。

A社は大口案件を受注し、材料費支払いのために1,000万円の手形貸付を申し込みました。

この時、銀行員が求めたのは決算書以上に「受注明細」「入金予定表」でした。

  • 「この1,000万円の材料で製品を作り、納品したら、3ヶ月後に1,500万円の入金がある」
  • 「その入金をもって、手形貸付を返済します」

この「紐付き(資金の入りと出の対応関係)」が明確であればあるほど、審査はスムーズに通ります。逆に言えば、返済の当てが曖昧な「なんとなくの運転資金」では、手形貸付の審査は厳しくなります。

継続利用における信用

手形貸付には、期日に同額の手形を再度振り出して融資を継続する「書き換え(通称:コロガシ)」という運用があります。

これは実質的に「借りっぱなし」の状態ですが、銀行がこれを許容するのは「御社は常に一定の運転資金が必要なほど、事業が回っている」と評価している証でもあります。

ただし、これはあくまで銀行の厚意による運用であり、業績が悪化すれば「次は書き換えに応じません」と言われるリスクがあることは常に意識しておく必要があります。


「手形ジャンプ」とは?そのリスクと交渉術

最も避けたい事態、それが「期日に返済資金が足りない」ケースです。

この時、銀行にお願いして手形の期日を延長してもらうことを「手形ジャンプ」と呼びます。

ジャンプは「権利」ではなく「事故一歩手前」

誤解を恐れずに言えば、手形ジャンプは銀行から見れば「実質的な延滞」です。

通常通り、書き換え(コロガシ)を行うのとは訳が違います。
「返せないので待ってください」というジャンプ依頼を行うと、企業の信用格付け(ランク)は下がり、次回以降の融資が極めて困難になります。

それでもジャンプが必要な場合の交渉術

どうしても資金が間に合わない場合、黙って期日を迎えるのが最悪の手です(不渡りになります)。

私がアドバイスする場合、以下の手順を徹底していただきます。

  1. 早期開示: 期日の数週間前には銀行に相談する。
  2. 原因の分析: なぜ返せないのか(入金ズレか、赤字か)を正直に話す。
  3. リカバリー策の提示: 「いつなら返せるのか(売掛金回収がいつになるのか明確な期日)」「今後の資金繰り表」をセットで提出する。

上記の対応をしていれば、返済日を確実な売掛金回収日に合わせて、伸ばしてくれる対応もしてくれます。
銀行は「嘘」と「隠蔽」を最も嫌います。誠実な対応と具体的な計画があれば、リスケジュール(条件変更)として対応してくれる可能性は残されています。


よくある質問(FAQ)

Q. 赤字決算でも手形貸付は利用できますか?

A. 可能ですが、ハードルは上がります。赤字であっても「直近の受注が好調で、その仕入れ資金が必要」といった前向きな資金需要(紐付き融資)であり、その入金での返済が確実であれば、審査に通るケースは多々あります。

Q. 手形貸付を利用するには何が必要ですか?

A. 銀行との取引実績にもよりますが、基本的には「直近の試算表」「資金繰り表」「資金使途の証明資料(注文書や契約書)」が必要です。特に資金繰り表の精度は審査を左右します。

Q. 個人事業主でも利用できますか?

A. 利用可能です。ただし、法人に比べて信用力の審査は慎重に行われます。青色申告を行っており、帳簿類がしっかり整備されていることが前提となります。


まとめ:手形貸付は「資金繰り」を制する武器になる

手形貸付は、うまく使えば低金利かつスピーディーに現金を確保できる、経営者にとって強力な武器です。

しかし、その本質は「将来の入金を担保にした先借り」です。

  • 短期のつなぎ資金として使う(長期資金に流用しない)
  • 返済原資を明確にする
  • 銀行との信頼関係を維持する(報告を怠らない)

この3点を守り、計画的に活用してください。

もし、
「自社の場合、どの融資形態がベストなのか判断がつかない」
「銀行に提出する資金繰り表の作り方が不安だ」という場合は、一度専門家にご相談することをお勧めします。正確な現状分析こそが、円滑な資金調達への近道です。

問い合わせはこちらまで、気軽にお問い合わせしていただければと思います。