会社の資金ショート(黒字倒産)を防ぐ「資金繰り表」。
この記事では、作成する5つのメリットから、初心者でも分かる作り方の手順、経営改善に繋げる活用法まで、中小企業の財務を支援してきた専門家が図解を交えて分かりやすく解説します。

1. 会社の血液の流れを可視化する「資金繰り表」とは?
「売上は増え利益は出ているはずなのに、なぜか手元にお金がない…」
多くの経営者が一度は抱えるこの悩み。その原因は、会社の「利益」と「現預金(キャッシュ)の流れ」が一致しないことにあります。この“現預金の流れ”を正確に把握し、未来を予測するための道具が「資金繰り表」です。
1-1. 資金繰り表を一言でいうと「現金の入出金予測カレンダー」
資金繰り表とは、非常にシンプルに言えば「会社の将来のお金の入出金を予測するカレンダー」です。
- いつ、誰から、いくら入金されるのか?
- いつ、誰に、いくら支払う必要があるのか?
- その結果、月末の現預金残高はいくらになるのか?
これを数ヶ月~1年先まで予測し、一覧にしたものが資金繰り表です。難しい会計知識は必要ありません。家計簿をつける感覚で、会社の現金の動きを把握することが目的です。
1-2. なぜ今、資金繰り表が重要なのか?(黒字倒産の現実)
私がコンサルタントとしてキャリアを始めた頃、ある製造業のA社から緊急の相談を受けました。決算書は立派な黒字。しかし、社長の表情は真っ青でした。理由は、大手取引先からの入金が1ヶ月遅れることになり、その月の仕入れ代金や給与の支払いができなくなった、いわゆる「資金ショート」寸前の状態だったのです。
これが「黒字倒産」の恐ろしさです。帳簿上は利益が出ていても、手元に支払う現金がなければ会社は倒産してしまいます。
特に現代は、ビジネスのスピードが速く、予期せぬ事態が起こりやすい時代です。資金繰り表を作成し、数ヶ月先の現金の動きを予測しておくことは、もはや一部の大企業だけのものではなく、すべての会社にとっての生命線と言えるでしょう。
1-3. 【図解】損益計算書(P/L)やキャッシュフロー計算書(C/F)との決定的な違い
「決算書を見ればお金の流れは分かるのでは?」という質問をよく受けます。結論、決算書だけではお金の流れは正確に把握できません。
ここで、損益計算書(P/L)やキャッシュフロー計算書(C/F)と、資金繰り表の違いを明確にしておきましょう。
| 項目 | 資金繰り表 | 損益計算書(P/L) | キャッシュフロー計算書(C/F) |
| 目的 | 未来の現預金の動きを予測し、資金ショートを防ぐ | 一定期間の経営成績(利益)を把握する | 過去の現金の増減理由を分析する |
| 時間軸 | 過去~未来(通常3ヶ月〜1年先) | 過去(会計期間) | 過去(会計期間) |
| 対象 | 現金・預金の実際の動き(現金主義) | 収益と費用(発生主義) | 現金の増減(営業/投資/財務) |
| 具体例 | ・借入金の返済(元本) ・設備投資の支払い | ・売上高 ・減価償却費 ・営業利益/経常利益 | ・P/Lの利益から非資金項目を調整 |
重要なのは、資金繰り表だけが「未来」の「現預金」に焦点を当てている点です。P/LやC/Fが会社の健康状態を知るための「健康診断結果」だとすれば、資金繰り表は未来の事故を防ぐための「カーナビ」なのです。
2. 資金繰り表を作成する5つのメリット【経営が変わる】
資金繰り表は、ただ資金ショートを防ぐためだけのものではありません。作成し、活用することで、経営そのものを強く、しなやかに変える力を持っています。
2-1. メリット1:黒字倒産のリスクを未然に防げる
これが最大のメリットです。例えば、「3ヶ月後に大きな支払いがあり、その時点での現金残高がマイナスになる」ということが事前に分かっていれば、落ち着いて対策を打つことができます。私が支援した従業員20名ほどのWeb制作会社C社は、資金繰り表のおかげで、大型案件の入金遅延を乗り越えることができました。事前に資金不足を予測し、金融機関に対する短期借入の準備を余裕をもって進められたのです。
2-2. メリット2:資金不足のタイミングを予測し、事前に対策が打てる
資金繰り表があれば、「いつ、いくら足りなくなるか」が具体的に分かります。対策の選択肢も広がります。
- 1ヶ月後に足りないなら:取引先に支払いサイトの延長を交渉する、ファクタリングを利用する
- 3ヶ月後に足りないなら:金融機関に短期のつなぎ融資を相談する
- 半年後に足りないなら:日本政策金融公庫や制度融資など、金利の低い融資をじっくり検討する
このように、時間的な余裕が生まれることで、最善の打ち手を冷静に選び対策することができます。
2-3. メリット3:金融機関からの信頼度が向上し、融資を受けやすくなる
これは私がコンサル経験で断言できることですが、銀行の融資担当者は、決算書と同じくらい、あるいはそれ以上に月次の資金繰り表を重視します。
なぜなら、資金繰り表は「経営者が自社の足元(現金の流れ)をきちんと把握し、未来を計画している」という何よりの証拠になるからです。融資の相談に行く際、過去の決算書だけでなく、「この計画(資金繰り表)に基づき、融資をこのように活用し、こう返済していきます」と具体的に説明できる経営者は、銀行員から圧倒的に評価・信頼されます。
2-4. メリット4:どんぶり勘定から脱却し、経営判断の精度が上がる
「この設備投資は本当に今すべきか?」
「あと何人までなら採用できるか?」
こうした重要な経営判断を、勘や度胸だけに頼っていないでしょうか。資金繰り表は、こうした問いに客観的な数字で答えてくれます。
- 設備投資シミュレーション: 「もしこの機械を今導入したら、向こう半年間の資金繰りはどうなるか?」
- 人員採用シミュレーション: 「人件費が月額〇〇万円増えた場合、資金は持つか?」
資金繰り表の上でシミュレーションすることで、リスクを具体的に把握でき、自信を持って客観的に意思決定を下せるようになります。
2-5. メリット5:無駄なコストや課題を発見し、経営体質を改善できる
毎月、資金繰り表を作成して予実管理(予測と実績の比較)を行っていると、経営の課題が面白いほど見えてきます。
「なぜか毎月、予測よりも通信費が5万円高い…」
「売上は伸びているのに、思ったより現金が増えないのは、売掛金の回収が遅れているからだ」
創業5年目の飲食店D店のオーナーは、これをきっかけに携帯キャリアのプランを見直し、年間数十万円のコスト削減に成功しました。こうした小さな改善の積み重ねが、会社の利益体質を強くしていくのです。
3.【3ステップ】初心者でも簡単!資金繰り表の作り方
それでは、実際に資金繰り表を作成する手順を見ていきましょう。Excelのテンプレートがあれば、誰でも簡単に始められます。
3-1. ステップ1:必要な書類を準備する
まずは以下の書類を手元に準備しましょう。
- 前期の決算書: 期首(月初)の現預金残高を把握するために使います。
- 月次試算表: 売上や経費の実績と予測に使います。
- 総勘定元帳(もしくは)預金通帳: 現預金の実際の動きを確認します。
- 販売実績/計画、仕入実績/計画: 売掛金や買掛金の入出金予定を把握します。
- 借入金の返済予定表: 毎月の返済額(元本と利息)を確認します。
3-2. ステップ2:テンプレートに項目を埋めていく
資金繰り表は大きく分けて「収入の部」「支出の部」そしてその差引で構成されます。それぞれの項目を埋めていきましょう。
(ここに、Excelテンプレートのような具体的な表の画像を挿入)
① 収入の部(お金がいくら入ってくるか)
- 経常収支(本業での収入):
- 現金売上: その場で現金になる売上です。
- 売掛金回収: 前月以前に売り上げた分の入金です。
- その他回収: 補助金・助成金の入金
- 財務収支(特別な収入): 資産の売却代金など。
- 財務収支(お金の借入): 金融機関からの借入金など。
② 支出の部(お金がいくら出ていくか)
- 経常収支(本業での支出):
- 現金仕入: その場で現金で支払う仕入です。
- 買掛金支払: 前月以前に仕入れた分の支払いです。
- 人件費: 給与、賞与、社会保険料などです。
- 経費: 家賃、水道光熱費、通信費など、現金で出ていく経費です。
- 設備収支: 設備投資の支払いなど。
- 財務収支(お金の返済): 借入金の返済(元本と利息)など。
③ 月末残高を計算する 最後に、
「前月繰越(月初残高)+ 当月収入計 - 当月支出計 = 次月繰越(月末残高)」を計算します。
この月末残高が、翌月の月初残高になります。
3-3. ステップ3:実績と比較し、予測精度を高める(予実管理)
資金繰り表は、作りっぱなしでは意味がありません。月末になったら、予測(予定)と実際の結果(実績)を比較し、「なぜズレたのか?」を分析しましょう。
- 売掛金の回収が予定より遅れた
- 急な修繕費が発生した
- 思ったより経費がかさんだ
この「予実管理」を繰り返すことで、予測の精度がどんどん高まり、より信頼性の高い未来予測ができるようになります。
3-4. 【無料テンプレート】今すぐ使えるExcel資金繰り表
「何から手をつけていいか分からない…」という方のために、すぐに使えるシンプルなExcel版の資金繰り表テンプレートをご用意しました。まずはこれを使って、自社の現金の流れを入力することから始めてみてください。
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4. 作成で終わらない!資金繰りを改善する3つの活用法
資金繰り表は、未来を予測するだけでなく、その未来をより良く変えるための「戦略マップ」にもなります。
4-1. 入金を早く、支払いを遅くする交渉術
資金繰り表で「3ヶ月後に資金が厳しくなる」と分かったら、取引先に交渉を持ちかけることができます。その際、単に「お願いします」と頭を下げるのではありません。
「この資金繰り表を見ていただくと分かる通り、3ヶ月後に大きな支払いがありまして。つきましては、御社への支払いを15日だけ延長していただくことはできませんでしょうか?」
客観的なデータを示すことで、交渉の成功率は格段に上がります。逆に入金サイトを短縮してもらう交渉にも使えます。
4-2. 不要な在庫・資産を見直しキャッシュ化する
老舗の部品メーカーE社は、長年、資金繰りに悩んでいました。資金繰り表を作成し、専門家として分析したところ、売上に対して在庫が過剰であることが判明。倉庫の奥で眠っていたデッドストックを処分しただけで、数ヶ月分の運転資金に相当するキャッシュが生まれ、経営が一気に安定しました。資金繰り表は、こうした「見えない資産」がどれだけ資金繰りを圧迫しているかを可視化してくれます。
4-3. 資金調達の選択肢を広げる
多くの経営者は、資金が足りなくなってから慌てて銀行に駆け込みます。これでは銀行の言いなりになるしかありません。
資金繰り表で半年後の資金不足が予測できていれば、複数の金融機関を比較検討したり、補助金や助成金の情報を集めたりと、時間をかけて最適な資金調達の方法を探ることができます。計画的な準備が、より良い条件での資金調達を実現するのです。
5. 資金繰り表作成でよくある失敗と注意点
最後に、私がこれまで見てきた中で、初心者が陥りがちな失敗とその対策についてお伝えします。
5-1. 「作っただけ」で満足してしまい、更新が止まる
最も多い失敗です。最初は意気込んで作っても、日々の業務に追われて更新が止まってしまいます。これを防ぐには、顧問税理士や専門家に依頼して「毎月試算表ができた後に、必ず資金繰り表の計画と実績の振り返りを行う」といったように、第3者と一緒にやる、業務に組み込んで習慣化することが重要です。
5-2. 予測が楽観的すぎて、いざという時に資金が足りない
特に売上の予測を希望的観測で立ててしまうケースです。予測を立てる際は、「ベストケース」「通常ケース」「ワーストケース」の3パターンでシミュレーションすることをお勧めします。常に最悪の事態を想定しておくことで、何が起きても冷静に対応できます。
5-3. Excel管理の限界:属人化と入力ミスのリスク
Excelは手軽ですが、注意も必要です。
- 属人化: 作成した担当者しか分からないブラックボックスになりがち。
- 入力ミス: 数式が壊れたり、入力ミスに気づかなかったりするリスク。
- 連携の手間: 銀行口座のデータや会計データを手入力する必要がある。
会社の規模が大きくなってきたら、次のステップを検討すべきです。
6. まとめ:資金繰り表は未来の会社を守る羅針盤
本記事では、資金繰り表の重要性から具体的な作成・活用方法までを解説してきました。
- 資金繰り表は「未来の現金の動きを予測するカレンダー」
- 作成することで「黒字倒産防止」や「金融機関からの信頼向上」など5つのメリットがある
- まずはテンプレートを使い、3ステップで作成してみることが重要
- 作成後は「予実管理」と「改善活動」に繋げることが肝心
利益を出すことはもちろん重要ですが、会社を継続させるのは最終的には「現預金」です。資金繰り表は、荒波の経営航海において、あなたの会社が座礁するのを防ぎ、目的地まで安全に導いてくれる「羅針盤」です。
この記事が、あなたの会社の力強い未来を築く一助となれば幸いです。
7. 資金繰り表に関するよくある質問(FAQ)
Q1. 資金繰り表はいつから作成すべきですか?
A1. 理想は創業時からです。しかし、思い立ったが吉日です。会社の規模に関わらず、今すぐにでも作成を始めることを強くお勧めします。特に、事業が拡大し、入出金のタイミングが複雑になってきたら必須と言えます。
Q2. どのくらいの期間(月次、週次)で作成すれば良いですか?
A2. まずは「月次」で作成し、3ヶ月〜6ヶ月先までを予測することから始めましょう。資金繰りが特に厳しい状況にある場合は、日々の現金の動きを追う「日次」の資金繰り表(日繰り表)を作成することもあります。
Q3. 赤字経営でも資金繰り表を作る意味はありますか?
A3. 赤字経営の会社こそ、資金繰り表は絶対に必要です。赤字ということは、何もしなければ現預金が減っていくということです。「あと何ヶ月で資金が尽きるのか」というタイムリミットを正確に把握し、事業改善や資金調達の計画を立てるために不可欠です。
Q4. 税理士などの専門家には、どのタイミングで相談すべきですか?
A4. 自分たちで作成してみて、「予測と実績のズレが大きい」「改善策が思いつかない」といった壁にぶつかった時が相談のタイミングです。また、金融機関からの融資を検討する際には、事前に専門家に見てもらうことで、より説得力のある資料を作成できます。
Q5. 資金繰り表とキャッシュフロー計算書は両方必要ですか?
A5. はい、それぞれ目的が異なるため両方あるのが理想です。キャッシュフロー計算書で「過去の資金の流れの構造的な問題」を分析し、資金繰り表で「未来の具体的な資金ショートのリスク」に備えます。ただし、日々の経営管理でまず優先すべきは、未来志向の「資金繰り表」です。